よろず屋相談FM.860
いちどでいいから

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「皆さん…こんにちは。今月もあと少し。今日は最後の金曜日です。今週は氷難に見舞われた一週間でした。またその話は後ほどでも…致し、え?いらない。またまたぁ…早く行け?わっかりました。さぁ仕切り直しです。今週も始まりました!よろず屋相談FM.860のお時間です。では本日のお悩みは…」 用意しておいた葉書がない。入念な準備をした資料も一緒にあったのに…弱ったぞ。仕方ない。パラパラ葉書を繰る音。扇状に広げて中から一枚ひっこ抜いた。 ラジオの向こうでは… 「いやだ何このラジオ?故障したんじゃない?」 「休憩が終わっちゃうじゃん。前回の便器が何気にツボったのに」 「ハガキ…来てないんじゃないの?見栄はっちゃってお気の毒よね。ヤダわ、このかりんとう…おいしい。また買おうっと」 好き勝手に言いたい放題だ。ヤスミは冗談は休み休みに言え。そう呟く。心中は穏やかでないくせして… 間を持たす為に、懐メロのボリュームを上げていく。あ、大好きな三人娘の歌だ。懐かしさが一気に込み上げた。知ってるかな?キャ◯ディーズって。タイトルは何だっけか…な?えっとえーっと喉元まで出そうなのに、こういう時に限って出ないんだよ。人生なんてそんなもの。そして我に返るの図。ヤスミは何事もない顔をして、フルコーラス手前で音を低くした。 プルルル、プルルル、プルルル   携帯が鳴る。しまった!電源切るの忘れてた。この状況では、出ないわけにもいかなくて…出てみると、 「もしもし、もしもし、ヤスミですが、今、生放送の真っ最中でして。また後でかけます」 そう断ったのに… 「……ベンキさんのしょうかいで かけたんです。アポとらないとそうだんには のってはくれないんですか?」 今なんつった?ベンキの紹介。こりゃ渡りに船だ。そうと決まればこのチャンスは逃せない。ウンつながりに感謝して。 「だ、大丈夫です。焦ってしまって失礼しました。お名前とお住まい、職業をお聞かせ願えますか?」 「なまえは とくにはないです。かおには いつもおなじもじがかいてあったり ノッペラボウだったり さまざまです。すまいは そとです。はるからふゆのまえまで そとにいます。たったままいます」 なんだなんだ?名前がないってどういうことだろう?なぞなぞなのかな。顔があったり無かったりって怖すぎる!弱ったな…なんて呼べば失礼に当たらない? 「立ったままですか?座ったりはしないんですか?一年近く外ですか。お仲間もいたりしますか?お名前が無いのなら、私たちを含めて皆さんはあなたを何て呼んでいるのでしょう」 フフと笑う声がして 「わたしたちをつくったのは にんげんです。さいきんでは にほんいがいでも みかけるようになりました」 人が作った。そう相談者は言った。ヤスミは核心に触れることにした。 「お悩み、先にお聞きしてもいいですか?名前はその後、教えて頂ければ…」 「いちどでいいから カッコイイ。そうよばれてみたいんです!こどもたちが いつもがっこうのかえりみちに ゆびをさしてわらうんです。へんなかお・ダサい・ふくがへん・むぎわらぼうししかない・すわらないの・つかれないのなど まだまだあるけれど。えっとわたし……カカシです」 アカン、アカン、お腹が捩れてたまらない。確かに変な顔だよな。誰のセンスなんだろ。 知らんけど… すすり泣く声がする。カカシ…感極まる。相談者はいつも真剣に悩んでいる。本人にとっては死活問題の時だってある。しかし、カッコよくなりたいか…アドバイスをしたところで、これは人間側の問題だからな。さてさてどうしよう。 「カカシさん、顔に文字と先ほど話してましたが、それはへのへのもへじのコトでしょうか?あれは大した意味はありません。単なる字書き歌、絵文字歌です。確か江戸時代中期に流行った歌あそびだと記憶しています。恥ずかしいことじゃありません。顔文字の先駆け。最先端です。自慢できますよ!」 「じまん。だれにじまんする?だれ… カッコよくなるには どうしたらいいですか?いつも おちゃやおはなのせんせいじゃないのに キモノきてるんです。それもダサいってひょうばんのキモノ。たまに モンペのときもあります。あと どうして わたしは いっぽんあしなのでしょう。にんげんみたいなにほんあしに あこがれます!」 電話…どうやってかけてるんだろうか。ヤスミの疑問は、止まることを知らない。 「かかしさんはなぜ、かかしと呼ばれているのでしょう?ご存知かと思いますが、知らないリスナーさんもいらっしゃるのではないかと…実は、鳥獣害には悪い霊が宿ると言われた時代、かかしは民間風習の伝えでは、田の神の依代であり霊を払う効用が期待されていました。それからこれは憶測です。だから小声で申し上げますので、耳をかっぽじってお聞き下さい」 木がしなる音がした。興奮してるのだろうか、かかしさん。 「もしかしたら、かかしさんは…神様だった説。古くは古事記と言う書物に、久延毘古と言う神様が原形になったとも言われたことがあります。これはあくまで噂の域です。なんだかすごくないですか?私、興奮して手に汗握ってます。かかしさんの分まで」 「か か かみさま!このわたしが かみさま! はじめていわれました。うまれてはじめて。なんだか なんだか…」 「思い切って声に出してみてください!」 もう一押しだ。早く言ってくれ! 「うわさでも うれしいです。カッコイイをきたいしてましたか?きたいどおりじゃなくてすいません。なんかうれしくて なけてきました。かかしのおはなしがききたいです。それじゃだめでしょうか?」 たぶん、へのへのもへじは笑顔なんだろうな、きっと。初めて褒められた子供のような笑顔が浮かんだ。 「わかりました。今回だけですよ。さっきの久延毘古さまですが、実はこの神様は歩けないんです。しかし他の神様も世界の神様も、一目置くほどの博識の持ち主なのです。山田の曾富騰 そ ほ どという異名もあるほどです。そほどとは、濡れそぼつ人から来ています。びしょびしょに濡れ立つ人…案山子です。そほどがなぜ、今の案山子と呼ばれるようになったかは、郵送にて送らせて頂きますので、楽しみになさって下さい。それでは皆さま、お時間が迫ってまいりました。次回は二月の最初の金曜日です。たくさん…たくさんのお葉書を…お待ちしています!」 プツンとラジオが切れた。 それからのかかしさんの近況はと言うと、少しだけグレードアップしたらしいと、風の噂。ちょっぴり気にはなるけれど、人の口に戸は立てられないって諺もあるから、いつかきっと聞けるよね? 待てば海路の日和あり

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