よろず屋相談FM.860
改名したいんです

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「皆さん、こんばんは。おつかれさまです。いかがお過ごしでしょうか?え?あーすいません。時間がもったいないから次へ…せ、せっかちな。先ずは最初のお悩みをご紹介しましょう。え?生電話?リスナーさんラッキーですね…ナマ相談です。もしもし、こんばんは」 しかし、電話の向こうは静かだ。 「こちら、よろず屋相談FM.860のヤスミです。お名前とお勤めでしたら職業でも構いません。ペンネームでもいいので、ゆっくりと焦らないで…」 恥ずかしがり屋なのか中々応答がないのに、時間だけが過ぎていく。一瞬イタズラかもと頭を過ぎったが、とにかく不安を与えてはならない。それがヤスミのモットーだ。 「では他の方もお待ちなので十五分後にまたお声をかけます。それまでお待ち下さい。それでは次は…」 ヤスミが葉書を繰る音をさせると、電話の向こうで水が派手に流れる音がして 「カ、カイメイ シタインデス…ワタシ」 絞るような声?がした。 「カイメイとは名前を改めることでしょうか?」 「ソウデス。ジダイハ ドンドン ナマエヲカエテイクノニ ワタシハ ワタシハ…」 片言の日本語というよりは、ロボットが話すような印象だ。ヤスミは直感でそう感じた。 「あなたのお名前を教えて下さい。今、何と呼ばれていますか?ペンネームでもあだ名でもかまいませんから。落ち着いて」 電話の向こうで空気感が変わる。深呼吸したような… 「ワ、ワライマセンカ?」 なんだなんだ。笑えるのか。息を止める思いで待つ。 「………ベ、べ、ベンキ、デス」 か細い声で答えた。ふーんベンキ?あ、ベンキ。そうかベンキ。 「ベンキさんですか?ベンキというのは、私たちが毎日お世話になってる白くて硬くてつるんとした見た目のあの便器のことでしょうか?」 すると、貧乏ゆすりのような音がして 「ソンナ ベンキベンキッテ レンコシナイデクダサイ。ハズカシクテ…イキテユケナイデス」 なんだかご立腹のようだ。やはり尻から知る感覚はウンつながりなのか…そうだ。本題に戻らないといけない。今度はヤスミが深呼吸する。 「改名されたいんでしたね。でもウォッシュレットって呼び名もよく聞きますし、私の家もその仕様です。それでは駄目ということなんですよね?」 ヤスミは穏やかな口調で聞いてみた。 「ハァーアナタモデスカ?アレハ ソウショウデハナイ。オンスイセンジョウベンザ。ショウヒンメイデス」 深いため息を吐く音がした。ヤスミには大して変わらなく思えた。座って用を足すことには変わらないのだから。 たまに一人になりたい時も利用する。好きな雑誌や漫画を持ち込むこともある。友人の家のトイレは、マガジンラックが常備されていて驚くことも度々だ。 私達人間にはトイレに始まり、トイレで一日が終わると言ってもいいぐらい大切な空間だ。 「すいません。認識不足で。まだまだ修行が足りませんで申し訳ない。そもそもどんな風に改名されたいのでしょう?お聞かせ願えたらとても嬉しいです」 「ジツハ ヨクワカラナインデス。モノゴコロツイタコロニハ スデニベンキヨビサレテマシタシ」 ハァーーと、便器は呼吸を整える。 「マズ ベンジョノレキシヲ タドッテミタンデス。イチニチジュウ イソガシイワケジャナイ。ダカラ ジカンハ タップリアル。エットドコマデ ハナシマシタッケ?」 ヤスミは便器の真剣さに圧倒されつつ、平常心を保つのに必死だ。 「例えばどんなのがありましたか?」 「ベンジョ、ウォータークローゼット」 「ウ?ウォータークローゼット?何ですか?」 「ニンゲンノ アナタガ ソレヲイイマスカ?WCデス。アルファベットデカキマスヨ」 あ、なーる!今頃知ったよ、WC。 「他には?」 「カワヤ・テアライ・セッチン・ハバカリ・チョウズ・トウス・ゴフジョウ・コウシ・ダイシ・センボウ・セイシ・シボウ・ヨウショ,インジョ・カンジョ・ベンシツ マダマダ アルンデスケド メガマワリソウデス。ハァハァ」 「たくさんあるんですね。正直こんなにたくさんの名前があるなんて!しかしどれもテレビや映画の時代劇を思い出します。便器さん、私はあなたからしたら、まだまだひよっこで頼りないかも知れません。ですがこんなにたくさんの物が溢れる世の中で一つの名前を伝え受け継がれるって、中々出来そうで実際はできません。便は健康のバロメーターって昔も今も言うじゃないですか?ウンを知る者が明日を作るとも言います。腹に力が入らないと、両足で地球を握れません。どうです?まだ恥ずかしいですか?」 「ナンダカ スコシダケ ユウキ ワイテキタ」 「海外の旅行者がよく日本を褒める場面に遭遇することがあります。どういうところだと思いますか?」 「マサカ モシカシテ ベンカンケイ?」 「よく分かりましたね!さすがです!ホテルや公共の施設のサービスとお便所です。ぴかぴかのつるんとした綺麗な便器が気持ちいいそうです。一週間時間を差し上げます。一度その目でご覧になるといいかと思います。 それではその時に感想お待ちしています。あぁ、リスナーの皆さま、お時間が来てしまいました。来週もこの時間にお会いしましょう!ではまた来週。お相手はDJのヤスミイエゾウでした」 受話器を置いた便器のその後はどうなったかって?さぁ…それは私にもわかりません。一週間経って連絡があったら、また一緒に考えればいいのではないでしょうか。 私たちも壁にぶつかっては撃沈します。さっさと諦めても、死ぬ気で食い下がっても、一日は一日です。その一日をどうするかは、その人がどうしたいかです。周囲は関係ないのです。 さてと、私も急がなくちゃ漏れそうです。我慢は禁物です。 ではでは〜

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