専属SPは今回限り
2-3 専属SPはときめきを撒く―令嬢―

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 三時間目の体育は二クラス合同で、かつ男女が分かれた授業内容。バスケットコート四面分の広い体育館の中で、男子はバスケットボール、女子はバレーボールをしなさいとのことだった。  なんとなくゆるく進んでいくゲームと雰囲気に、緊張感が抜けていく私──鴨重紗良。バレーボール参加外の今は、他の女の子たちに混ざって……というか、流れで端の方に立って、男子のバスケの試合を眺めている。  もちろん、言わずもがな。私の視界の真ん中にいるのは、和泉敬斗くんなわけだけれど。 「はあ」  和泉くんの運動神経は、並外れていると思う。女の子たちがキャーキャー言うのも、何をやらせてもそつなくこなす上、結構……いやかなり目立つからだと思うし。和泉くんの顔がそれなりにいいのもあるけど。 「紗良、大丈夫?」 「えっ?!」 「また誰かになんか言われた?」 「う、ううん違うの。なんでもないっ」  左隣にいた伊達だてちゃんに、漏れ出た溜め息を心配されてしまった。 「推しが今日も黄色い声援を浴びて、悩ましいんだよねぇ、紗良は」  右隣でニヤニヤしていたえみりに、ズキンドキン。 「ああ、なんだ。そっちか」 「現状で紗良の溜め息っちゃ、当然それっしょ」 「おっ、あいや、そ、その」  気のおけない友達の、伊達ちゃんとえみり。二人のことはとっても大切に思っている私。  家柄やらその名前のせいで、まるで腫れ物に触るみたいに接してくる周囲だけど、伊達ちゃんとえみりは初めから違った。彼女たちに自然体で接してもらえることは、高校生活を送る上でとってもありがたいの。 「いやはや、紗良が気になってしまうのも仕方ないよねぇ。目立つもん、和泉くん」 「体使う行事やら授業があれば、いつも決まってこんなに目立ってるし。放課後になれば、『和泉敬斗争奪戦』が教室内外で毎日繰り広げられてるし」  ほら、今もいい位置取り。  バスケ部が二人も和泉くんにマークついてきてるのに、動揺どころかむしろ毅然としてる。  まばたきの速度で、和泉くんは手にしていたボールを頭上に上げた。かと思うと、それは大きく弧を描いてゴールリング、そしてネットの中へ。わずかな擦れ合う音を立てて、ボールが見事に吸い込まれた。 「ほ、ほわぁ」  こっち側──つまりバレーボールのコートから、とんでもなく黄色くて甲高い歓声と、極彩色のハートマークが上がる。うう、わかる。あれに混ざりたいくらい、私もキャアーって思ってる。とんでもなく格好よかった、今の! 「いやぁ、三点奪取スリーポイントかぁ」 「マークかわしてあれだもんね。そりゃあんなの、自分たちの部活にって、必死に引き込もうとするよねぇ」  伊達ちゃんもえみりも、絶対にわざと私を意識付かせるために言ってるな? うう、ドキドキするよ。ただ遠巻きに見てるだけなのに。 「んで、渦中かちゅうの和泉くんはそれらぜーんぶ煙に巻いて、実家のボクシングジムでトレーニング三昧、と」 「自分のやりたいことして輝いてるイケメンを間近で見るのは、確かに目の保養にいいもんねぇ。推せる推せる」  伊達ちゃんとえみりの代弁が、私の顔面を真っ赤にしていく。はああ、そうなんだよなぁー! 和泉敬斗を推すのはそういう理由というかきっかけというか! 「推せるが、あたしらは同担拒否ですし?」 「そそ。和泉敬斗推しは、三人の中で紗良だけなので、その辺はクリーンで安全安心と」 「そこはなんとも、ありがとうに尽きます……」  モジモジ、と小さくなる私。 「今日も健全に推していけ、紗良」 「そーだそーだ。推しは推せるうちに推せ。そして隙あらば突撃せよだ」  えみりの言葉に乗っかって、ぽやんと推し和泉くんを眺める私。  走る姿。  満面の笑みのハイタッチ。  汗を拭う腕。  七分丈に捲り上げたジャージの先のふくらはぎ。  そういう、制服からは絶対に見えない好きな人の『男性性雄々しさ』を垣間見て、顔が緩まないわけがないよね。 「やっぱり、格好いいよなぁ」 「お?」 「んん? なになに?」  漏れ出た独り言。伊達ちゃんとえみりに、ニヤアニヤアと見つめられて。 「えっ、あ、いや別に! うん!」  でも、真実は真実だよね。  金曜日、あの人を独占してたかと思うと、それだけで充足感と中毒性が、一気に胸の中心を突き刺す感じに見舞われる。  遠くから眺めるだけの私には、今の和泉くんは一瞥いちべつもしない。そんな後頭部へ、あらゆる邪念を絡めた溜め息を、私はもうひとつだけ小さく吐き出した。  その時。 「ゴメン!」 「ん?」  後ろ──真面目にバレーボールの試合をやっている誰かの注意喚起の声が、たまたままっすぐ耳に入った。振り返ろうと、伊達ちゃん側から首を回そうとしたその瞬間、ボカンと激しい痛みが、頭に。 「さっ、紗良!」 「大丈夫、紗良?!」  目の前にチカチカする星。  鼻の奥の苦みばしった痛覚。  ゆらゆらの景色。  失くなっていく平衡へいこう感覚。  それらに耐えられなくて、膝から崩れるようにうずくまってしまった。  あれ? なんか立てない。伊達ちゃんもえみりも、とっても遠くから声をかけてくる感じ。変だぞ、私。 「──鴨重?」 「う、ん」  とりあえず早いとこ「大丈夫」って言って笑っておかないと、大事おおごとになっちゃう。変に注目浴びたら恥ずかしいし、また「オジョーサマが目立つために」とかなんとかって、あることないこと言われちゃう。  なのに、動けないなぁ。もしかして、保健室行かなきゃいけないやつ? 「ワリ。俺汗かいてっけど我慢して『ください』」  と、思っていたら。  突如かけられた近い声。それから、体がふわりと宙に浮いた、ような気がする。背中と膝の裏が暖かい腕で支えられて、持ち上がって……ってこれ、『お姫さま抱っこ』的なものをされているのでは?!  何? 誰? いや、誰なのかの認識はできてるんだけど、処理が追い付かない。  だってこれは他でもない── 「けーと、くん?」  呟いた名前と、体育館内のサワサワしている空気。やがて聴こえてくる、駆け足の音。揺れながら移動し始める、周辺の景色。  頭を打った衝撃でモヤモヤとしか見えてないけど、今の私、もしかしなくても、抱えられて運ばれてない? ウソ、マジで?! どうしよう! 少女漫画とか乙女ゲームじゃん、これ!  だいぶ後ろの方から、女の子たちによる爆音の「キャアー!」が聴こえた。盛り上がっているのか壮大な嫉妬を買ってしまったか……。  男の子たちによる「スゲーときめきだ!」っていうどよめきも漏れ響いてきて、ようやく私は目をキュっと閉じた。  嬉しい。嬉しすぎる。嬉しいすぎてどうにかなりそうだけれども、私はひとつ懸念している! これってもしかして、お互いにとてつもなく教室に戻りにくいやつなのでは? ってことを!

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