専属SPは今回限り
3-3 専属SPは徐々に気が付く―令嬢―

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 まっすぐにハッキリと敬斗くんに「名前は呼べない」と言われたことで、私──鴨重紗良の心がズキリとしたことは否めない。でも、敬斗くんは敬斗くんなりに『決まり事』を取り決めているとわかって、驚いた。  校門を出て右に曲がってしばらくは、下まつ毛の上で涙がゆらゆら揺れていた。期待していた自分が残念で、幼稚で、目の前の旨味にばかり気を取られていたことを痛感して、恥ずかしくなったから。  出来ることなら、敬斗くんが大切にしている気持ち、私も大切にしたいな。  基準を守り徹したり、礼節を重んじる頑固さを、同時に愛おしいとも思えてしまっている。これが俗にいう『推しが尊い』でしょうよ、ねぇ?  わ。そう思い至ったらなんだかメンタル回復してきた。切り替え、切り替えっ! 「敬斗くんは、じゃあどんな人なら下の名前で呼べる?」  ピタリと立ち止まって、くるりと振り返る。口角は上げ気味に、なんとなく髪の毛をひるがえすように。  二歩後ろで敬斗くんも止まる。「え」と漏れたその表情が、どこか陰っているような。あ、私が沈んでたからかな。「もう切り替えたよ」ってところを見せていかないと。 「し、下の名前で呼んでもいいって思う基準が、あるのかなぁ、って思って」  敬斗くんにばかりわけを話させて、私が言わないのもおかしいよね。それこそ「フェアじゃない」もん。 「基、準? いや、あの、だから」 「なっな、何回か言ってるけど。私、『お嬢様』って教室とか学校で呼ばれるの、すごくその、恥ずかしくって。だけど仲良くなった人から『鴨重』って呼ばれるのも、実は、あんまり好きじゃないっていうか」  緊張するけど、まっすぐに敬斗くんを見つめてみる。いち、に、さん……あームリ! 三秒が限界だよう! 「私っ! けっ、敬斗くんと、ちょっと距離縮まったかもって思ったから、敬斗くんの基準に達するように、頑張りたいのっ」 「ぬあっ」  んんん、私絶対に顔真っ赤! 敬斗くんも目を見開いて固まっちゃった。 「かっ、かっか勝手な、ことかも……。ごめんなさい」  肩を縮めて、結局俯いてしまった。距離が縮まったって私だけが思ってたことなのかな。でも、訂正するのもおかしいし。 「えーと」  敬斗くんの、歩み寄る足音。アスファルトの上の細かい石粒が、敬斗くんのスニーカー裏とこすれてジャリ、と鳴る。 「お前も、距離がどうとか考えるのかって思って、びっくりしてる」 「か、考えるよっ。いい今のところ、こんだけ仲良く喋れる男の子、けっけ、敬斗くんだけ、だもんっ」 「まぁ、見てりゃわかるし、う、嬉しい、デス」  敬斗くん、どんな顔してるんだろう。私は、真っ赤にして俯いたまま、心臓の鼓動が耳に張り付いて目の前がぐるんぐるんしつつあるところだけど。 「俺も、お前と話すようになったり、関わるようになって、その、楽しいこと、増えたし。お嬢様のSPやってると、つ、強さに対する目標とか、目的とかが、ハッキリしてきたっつーかさ」 「ほ、ほんと?」  瞼だけで見上げる。う、たまたま上目遣いみたいになってしまった。あざとく見えたかな?! ヒイイ、深い意味はありませぇん! 「ほ、ほんとほんと。いつか、お前に緊張しないで喋ってもらうのが、目標だし」  敬斗くんも、しっかり顔が赤い。嬉しいな、そんなこと思っててくれたなんて。 「あの、鴨重?」 「……まぁ、今は許してあげるけど、なに?」 「き、俺の『下の名前呼ぶ基準』、っての、その、笑わないで、聞いてくれる?」 「え?」 「いや、違う。『お嬢様』」  咳払いを挟んで、敬斗くんの声色が変わる。 「『今から申し上げること、どうか笑わずに、最後までお聞き届けくださいますか』」  私を刺す、真剣なまなざし。SPのときのやつだとわかって、呼吸が浅くなる。ひゃああ、それにしたって顔が近すぎる! 「えっ、と、わ、『はい。もちろん、笑いませんわ』っ」 「『ありがとうございます』」  そっと左手を取られる私。心臓ドキーン。はーい、鴨重紗良失神目前でーす。 「『実は、わたくしが女性の下の名を呼ぶのは、伴侶となる方のものだけと昔から決めておりまして』」 「は、伴侶?」 「『然様にございます。女性の下の名を呼んでしまうと、その方が一気に特別になるような、手中に収めたかのような。そんな錯覚をしてしまいそうで幼い頃より恐ろしいのです』」  ん? つまり、敬斗くんが女の人の名前を呼ぶのは、その人と添い遂げると決まるようなレベルだってこと? 「『それより以前の問題としまして、わたくしめは現在、あなた様のSP。たかだかSPが、あなた様のお名前を易々と呼んではなりません。あなた様が許しても、きっと周囲は許しません』」  そんなこと、と言いかけてやめた。話に水を差したくはない。 「『ですから、こんなわたくしめがあなた様と釣り合うような男になれたそのときに、出来うる限り、お嬢様お望みの呼び方をさせていただけますと、最上の幸せにございます』」  うっすらと微笑んだ、敬斗くんの表情。ぐおお、浄化されていく……! 「わっ、わかった、わかったよ、ごめんなさいっ」  あまりの眩しさに、きゅんと目をつむる。推しの顔面強すぎなんだよ! 攻撃力高すぎィ! 「つ、つまりわた、私はっ『敬斗の伴侶に相応しいと思ってもらえるよう、限りない努力を行えばよろしいわけですわね』?」 「え」  そういうことだよね? あれ? 違うのかな?  なんか上手く頭も回らなくてわかんないけど、敬斗くんに名前を呼んでもらうには、敬斗くんが結婚してもいいと思えるくらいの女の人になればいい、ってことだよね? 「『大丈夫ですわ! 鴨重本家唯一の跡継ぎとして、あらゆる知識やたしなみを身に付け、必ずや敬斗の基準に達する人物になってみせましてよ!』」  握られた左手に、私の右手を重ねて、ぎゅうと包むように握り返す。敬斗くんは目を丸くして、「あの、だからだな」とかモニョモニョ言ってる。ふふ、かわいいなぁ。 「教えてくれてありがと!」  満面の笑みで返すと、握り返していた手をほどいて、進路方向へ歩み直す。 「や、その、待て待て鴨重! そうじゃねーって!」 「『鴨重』じゃないもん! 紗良だもん!」  足取り軽い! これからも敬斗くんに、私の完璧な令嬢っぷりを見てもらえれば、きっと高校卒業前までには名前で呼ぶに足る奴だって認識してもらえるはず!  鴨重紗良ご令嬢は、鴨重家の素晴らしい跡継ぎとして、どんどんポジティブに頑張ります! 「おい、マジに意味わかってんのか?! おいって!」

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