「着物?」 「ええ、然様にございます。なにせお見合いでございますから」 朝食後間もなく、メイドさんたちによって着替えが始められた。 自室に既に用意されていたのは、振袖が三着。ギラギラする雰囲気なんかになれるわけもないから、落ち着いた雰囲気の加賀友禅を選んだ。 「桃色でなくてよろしいのですか、お嬢様?」 「うん。今日はこっちがいいかな」 衿から裾にかけて、空色から藍色へのグラデーションが綺麗な一着。 本来なら加賀友禅は、大人っぽくて背伸びしたいときにウキウキで着るんだけど、今日だけは違う。この淡い風合いが若々しさを消すから、『思っていたよりも老けて』見えてくれれば万々歳、という気持ちで着るというか。それに、赤系よりも青系の方が、肌血色が抑えられて見えるから、儚げに見えることでしょうよ。 今回の加賀友禅には本気で申し訳ないんだけれど、どうか上手く進まないような方向に持っていけるように、力を貸してね。なんとしてでも、失敗に終わらせたいの。 会社のマイナスにならないような、誰も損も得もしないような。そんな終わり方をしたい。 「お願い、今日は赤系統で化粧しないで」 メイドさんに、切にお願いする私──鴨重紗良。きょとんと目を丸くして、メイドさんは当然、「いかがなさいましたか」と鏡越しに訊ねてくる。 「き、着物が青っぽいから、その、同系色で化粧、してほしいと思っただけよ」 「本当は?」 うぐ、やっぱり見抜かれてる。映っている笑顔が「既に知ってましたよ」のそれだ。さすが鴨重家に支えて永いメイドさんたちだなぁ。私の内情お見通しじゃん。 鏡越しに、私は小さく説明をする。 「その、ホントは、今日のお見合いも、嫌で。だから、血色悪そうにしてたら、破談に持ってけるかもと、思って」 「お嬢様……」 結局、あれからパパとお見合いについての話は出来たけれど、いつまで経っても平行線だった。 結婚はしない『と思う』から、という言い方をパパはした。私はそれじゃ嫌だった。確実に『しない』『させない』と言われたかった。 私、パパとママの傍に居ると、迷惑なんだろうか。だからさっさと嫁にやってしまおうと思ってるの? 私、パパの後を継ぐ気持ちで大学行こうと思ってるんだよ? 訊きたかったし言いたかったけれど、敬斗くんに訊いてしまった一件を反省していたから、結局これは訊けも言えも出来ずに終わる。肝心なことだったような気がするけど、でもまた敬斗くんのときのような不安気な顔をさせたくない。 だからこそ。 私がどうにかして、このお見合いを失敗で終える必要があるのよ! 発言や行動でヘマはできない。それは、鴨重家の威信に関わる。だからまず血色の良くなさそうな雰囲気をつくって、あとはせめて目を合わせないとか、あんまり笑わないだとか。そういう細かぁーいことで「なんだかなぁ」と思ってもらえるのを期待するまで。 私の決意は案外固いの! メイドさんをぐるんと直に向き直って、私は切に訴えかける。 「お願いっ。私、好きな人だっているし、大学だって行きたいし、すぐに嫁ぐ気なんか全くないの! ちょっとだけ印象が下がればそれでいいの、だから……だからお願い」 「ふふ、然様にございましたか、お嬢様」 くすくす、と笑まれて、真意が伝わったかがわからなくなる。 「きっと大丈夫でございますよ。社長はそう簡単に、お嬢様を嫁がせたりなさらない心づもりでいらっしゃることでしょうし」 「そう、かな」 「もちろんでございます。今回、奥様がいらっしゃらないのに、縁談を進めるようなことはなさりませんよ。いつもなにかを決めるときは、必ず奥様とご一緒にお決めになっていらしたじゃございませんか」 言われてみれば、そうだ。ママは私のお見合いよりもLA行きを優先してるくらいだもん。重要度は、やっぱり低いのかな。でも、だったらどうして嫁げる準備だとか言うのかな。不透明な不安ばっかりが蓄積していくみたいだな。 「ではお嬢様。ひとつ質問をさせてくださいませ」 「へ? は、はい」 「お嬢様がご好意をお寄せのSP様へ、後ほどご連絡差し上げた方がよろしいでしょうか? それとも、スーツ一式をお届けした方がよろしいでしょうか?」 「ぬぁっ?!」 顔面ぐにゃり。キュウーっと顔が赤くなっていくのがわかる。 今、『好きな人』としか言わなかったし、敬斗くんのことをメイドさんたちに嬉々と喋ったことはないのに。 「なっ、ど、どうしてっ、どうし」 「ふふふふ。私どもはお嬢様のお世話係ですから。お嬢様を見ていればすぐにわかりますよ」 ふわあ、恥ずかし! 今まで二か月間、その都度顔とか態度に出てたってこと?! まぁもともと上手に隠せているなんて思ってなかったけど、メイドさんたちにまるで筒抜けだったなんて! 「れっ、連絡はしないで! 敬斗くん、今日は大事な試合なのっ、邪魔したくない。だから私、今日は独りで、臨むつもりで……」 うう、限界。顔を覆って俯く私。 「然様でございましたか」と相槌を挟んで、メイドさんは優しく諭すような声かけをしてきた。 「お嬢様。でしたら尚のこと、やはりお嬢様を具合が悪そうにメイク差し上げるのは憚られます」 「でっ、どうして?」 「血色が悪そうであれば、それこそお相手様に庇護欲が芽生えかねません。SP様がお傍に居られないのであれば、独りでも立っていられますという強い姿勢をお見せになった方が、得策かと」 「う、うぅ」 「あとはどうか、社長を信じてくださいませ」 うう、最もすぎて大ピンチ。 「敬斗くん、助けて」って、やっぱり思ってしまう私の弱さが、苦かった。
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