専属SPは今回限り
1-4 専属SPは四時間限り―SP―

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 二〇分後──枝依えだよりこう。  永遠とも思えるような二〇分間の、重苦しい無言を伴う気まずすぎるドライブは、鴨重令嬢の運転手による「到着です、お嬢様」によって壊された。なんとなくお互いに、「ほっ」と胸を撫で下ろしたような。  え。なんで重苦しい無言で気まずすぎる空間になるのかって? そりゃ、お互いの素性が知れたら気まずくもなるだろう。  だって、俺──和泉敬斗が引き受けたSPのバイト先ってのが、『同じクラスのあんまり話をしたことのない女子』の護衛任務だったんだから。 「さぁ、どうぞ」 「す、すんません」  乗ってきた白い高級セダンクライスラーが静かに停車して、運転手はまず俺側のドアを開けた。ぎこちなく降りて、外の空気を吸い込む。くぅー、ぬるい海風のはずなのに、今だけは無性に美味いと感じるなァー!  くるりと反転して、車中の鴨重へ手を差し伸べる。 「ほら、手」  差し出した俺の右腕にぎょっとしたのか、鴨重は顔面をぐんにゃり。 「い、いい別にっ。一人で降りられる、から。子どもじゃあるまいし」  そんなに嫌がんなくたっていいのに、とちょっとグサリ。そうかよ、へっ。もっと大人の屈強イケメンでもご想像あそばされていたのでしょうか!  鴨重は、高く組んでいた脚をサッと下ろし、まるでブリキの関節にでもなったかのようなぎこちない動きで降車。横目でそれを見届ける俺。 「きゃっ」 「だっ、ほら、言ったそばからっ」  ぐらり、鴨重の身が傾いて転びそうになる。ドア横に立っててよかった、なんとかナイスキャッチ叶いました。  右腕に寄りかかった鴨重を、そっと起こして小言を追加。 「なんのための俺だよ。オジョーサマがケガしねーよーにだろーがよ」 「そっ、そうかもしんないけどっ。ていうか、和泉くんは『お嬢様』って呼ばないで」 「なんで。一応オジョーサマの御身をお守りするお役目がございますがゆえに?」 「はぁ? だって、おっ、同じクラスの、めちゃくちゃ顔見知りに呼ばれるのは、なんか違うじゃん!」 「フーン? そーかよ」  顔を背け合う俺と『オジョーサマ』。  さっきも言ったけど、俺たちは同じ高校の『ただのクラスメイト』の関係。一年の頃から同じクラスに振り分けられただけの、顔見知り程度なわけ。  鴨重の『ご令嬢』という肩書きは、一年の頃から知っていた。それが理由で、大して喋らないうちから、俺は鴨重へ苦手意識を持っている。俺からは近付かない……というか、むしろ近付き難いというか。一般人が気軽に話をしていいような感じじゃないんじゃねーかな? っていうブレーキがかかるというか。 「それではお嬢様、和泉さま」  険悪な雰囲気を壊したのは、またしても運転手だった。無意識的に、ピシリと背筋を伸ばして彼女へ臨む。 「お迎えもわたくしがお務めいたしますので、また後程ということで」 「あ、う、ハイ」 「ありがとうございます」  一礼した運転手は、俺たちを白い高級セダンクライスラーから離れさせ、軽いクラクションと共に発進。さっさとブオオオと行ってしまった。 「…………」 「…………」  しゃーねぇなぁ。俺も腹括って、令嬢コイツに付き合ってやるか。四時間ぽっちだしな、しかも今日の今回だけ。夜には解放されるんだから、たった四時間我慢すりゃいいだけ。 「『そろそろ参りましょうか、お嬢様』」  そっと提案してみる。声色は落ち着けて、威圧的じゃないようにして、かつ『令嬢付きSP』らしくお上品ぽく振る舞ってみる。つったって、俺なりのお上品を、だけどね。お上品なんてやったことねーよ。 「…………」  鴨重はしばらくムッとしてたけど、一度瞼を伏せて、「わかったよ、もう」とぼやいた。そしてその化粧付いた煌めかしい瞼が俺を見上げれば、鴨重の顔付きが変わったことに気が付いて。 「『ええ、そうね。早速参りましょう』」  肩にかけていたオーロラ加工のレースショールをふわりとひるがえし、つややかなリップカラーを乗せた唇に、鴨重は笑みを刻んだ。その雰囲気は、車内でぶーたれていたコイツとは全然違うもので、俺はなんだかゾクリと……いや、ドキリとしてしまった。 「『本日は私のSP、よろしく頼みます』」 「は……あっ、か、『かしこまりました、お嬢様』」  甘くヘコリと頭を下げたけれど、こんな感じで俺、大丈夫なんだろうか。  会場である豪華客船まで伸びている赤いカーペットの上を、少しもフラリともせずに、鴨重……いや、お嬢様は、颯爽と歩いていった。       ♡  ◇  船内のパーティーは立食形式で、参加人数はそれなりに多い感じだったけど、芋洗い的な印象はない。それぞれが適度にゆったりと動きまわったり、たとえ塊ができても多すぎる人数で固まることはなく、適度な間隔が各所で生まれているためだと踏んだ。 「やあ、鴨重社長のとこのご令嬢! まさかここでお会いできるなんて」 「まあこんばんは、先生。ご活躍は耳にしておりますわ」 「フフ、恐縮のいたり」  令嬢がそうして『外交』挨拶に廻る姿を、一歩後ろから眺める俺。  でも、開始一〇分で既に飽き飽きしていた。予想のとおり、着飾ったおっちゃんたちにちやほやされて、令嬢は笑顔を振り撒いているだけ。俺の居る意味ある? っていう疑問が付かず離れず付いて回っていて、しまいには「要らなくね?」に踏み込みかけている。 「あれ、社長はどちらに?」 「ごめんなさい、本日は父の代理で、私単身ですの」 「ほほう、もうご立派にお父上の代役を勤められるまでにおなりですか」 「いえいえ、まだ若輩ですわ。お勉強中です」  一人去って、また一人やってきて。ソイツが去ればまた一人近付いて。そんな様子で立て続けに令嬢の元へ、何人もの『お偉いさん』が挨拶をしにやって来る。もう何分経った? げ、四〇分もこんなことやってやがる。  はたしてどんな得があって、こーんな外面の見せ付け合いをするのやら。危うく会場に響かせてしまうほどの溜め息が口からはみ出そうになるのを、俺は必死に堪えている。 「カネはもういいから、早く帰りたい……」  ボソリ、誰にも聴こえないような独り言でいなす、俺の不満。  なんか、このガヤガヤの波に紛れて帰ってしまえるんじゃないだろうか。あ、でも海上だから帰れねぇや。枝依港をゆるゆると一周するんだ、とか言ってたな、この船。 「ではまた、お父様によろしくお伝えください」 「ええ、先生もどうぞ、また我が社をご贔屓くださいませ」  挨拶終わりそう。俺は令嬢の背に一歩近付こうとしたけど、逆に令嬢がぐるんとこっちを振り返った。外面の笑みが俺を向いて、なんとなくビクリ。  けど、俺の右脇をすり抜けた令嬢は、歩いていたボーイめがけて一直線。慌てて追いかける俺。  どうやら飲み物を貰いたかったらしい。なぜかグラスをふたつ奪い取るように頂戴すると、俺を振り返って、視界に捕らえて、キッとしたまなざしを刺してきた。 「ちょっと来て」 「え」 「早くっ」 「あ、おう」  なんだろう、さっきの独り言聞かれてたか?  内容不明な「来て」に眉を寄せた俺は、やけに早足にどこかへ進む令嬢の後を追った。

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