専属SPは今回限り
5-4 専属SPは二兎をも得る―令嬢―

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 枝依中央区──ホテル『ブルー・ダッキー』二五階。  定刻どおりの正午、特に何の問題も起こらないまま会食が始まってしまった。  二五階のイタリアンレストランは、今日この時間だけ完全貸し切り。もちろん料理は、三ツ星を有する一級品。眺望とか対応を含めてそこそこ評判が高くて、だから比例してお値段もなかなかというか。 「──で、改めまして、これが娘の紗良です」  パパにそう紹介された私──鴨重紗良は、目線だけを俯けて、そっとお辞儀で返答にする。 「よろしくお願いいたしますわ」  いつもの『令嬢』の仮面で臨む今回。口角は上げたままにしてはいるけど、視線は絶対に合わせてやんないんだから! 見て取れる程度のおしとやかさだけどうぞこ堪能くださいっ。 「いやーあ、最後にご令嬢にお会いしたのが去年でしたかな」 「ハッハッハ、そのくらいでしたかな」  相手方の斎条さいじょうさんの二六才の息子……まぁ御曹司なわけだけど、彼を私の対面に置いて、斎条社長は満足そうに表情筋をどこもかしこも緩めている。  確か運送系の会社の社長さんだったはず。押しが強くて有名で、きっとパパですら断りきれなかったのかもしれないな、と思えた。確かに我が強そうな社長さんだなぁ。むしろそっちのが印象悪いよう。 「あの鴨重令嬢が、たった一年でこんっなお美しいご淑女になられていたとは! せがれには勿体ないかな」 「いやあ、ハッハッハ」  本当なら「お褒めにあずかり光栄ですわ」とかなんとか言っとかないといけないんだけど、今日は無視して大丈夫。口は挟まず、勝手に発言せず。静かにそっと笑ってさえいればいいのよ。視線は下げてね!  だってきっと簡単だよ。普段のパーティーと違って、こっちから躍起やっきになって挨拶回りに行ったりする手間が無い分、むしろ気楽じゃない?  ようし、頑張ろ。気が重いけれど、ご飯美味しく食べればいいだけだもん。  でも、やっぱりふと思い出す。  「行けないじゃん、俺っ」と悲しそうに私を見上げた敬斗くんの表情を。  敬斗くん、勝ったかな。正直ボクシングのなにをわかってるわけでもないけど、敬斗くんは試合であんまり負けないんだって、本人から聞いたことがある。  今日も勝ってるよね? きっと。私のことで集中削いでしまってたらどうしよう。考えすぎかな。 「いやあ、最近のせがれは──」 「ハッハッハ、そうですか」  身の無い会話が、親同士で勝手に繰り広げられている。何の得にもならない褒め合い讃え合いが続いているところに、ようやく料理が運ばれてきて、ひと心地ついたような。  前菜の味、あんまりしないな。確かこのドレッシングとっても香りが良くて好きだったのに。 「…………」  なんか視線が。ソロリソロリと瞼を上向けると、げ。御曹司めちゃくちゃ見てきてる。  もー、失礼じゃない?! 人様が、それも女の子が食べてるところをこんなにジロジロ眺めるなんて! あーあー、ありえないっ。普段ならこの程度全然気にしないけど、今日だけはマイナス一〇〇〇ポイントですっ! 「なぁ、紗良もそう思うだろう?」 「そっそ、ソウデスワネお父様ッ」  は? なんの話? 全然聞いてなかったけど、パパにちょっとだけ嫌そうな顔しといたから、なんとかこの感情が伝わってくれないかなっていう願望が押し寄せる。  スープ、パスタ、メインと料理は続いていく。ランチだから品数が少ない。早く終われ早く終われっ。 「ご令嬢は、どのような将来設計をお持ちですかな?」 「しょっ、将来設計ッ?」  なにそれ、なんて質問なの?! と、とにかく、当たり障りのないように……。 「そ、そうですわね。いずれは父の後を継ぎたいと考えておりますので、大学へ進学することが目前の目標でしょうか」 「ほほう、それでその後は?」  はあ? その後って何よ、失礼な! 結婚のけの字も言ってやるもんですかっ! 「ご、語学留学をして見聞を広めたり、型にとらわれない経営を学ぶべく、父の背を追いたいかな、と」  へっへっへ、語学留学希望だったら結婚という名の息子のゴールが遠退きましてよ、社長様? だから私は、あなた様の息子のお相手の適任ではなくってよ! ……と思いながらの口からデマカセ。  ひーん、だから顔がピギピギするんだよう、『令嬢の微笑み』発動させるのすんごくキツいんですけどォ! やっぱり無理矢理作ってるものだからだろうけどッ!  それでも頑張れ、鴨重紗良! なんとか乗り越えて破談にするんだ! 「社長をとても尊敬なさっていらっしゃると。いやあ、素晴らしい! お前もご令嬢に尊敬してもらえるよう努めんとな」 「はい、お父様」  しませんしません、出来ません! あらかじめ謝っときますゴメンナサイ! ていうかどうしてそんな方向になるの?! 適任じゃないこと伝わってない! いやあ、もう早く帰りたいッ!  その時。 「失礼、いたしますっ」  閉めきっていたはずの個室の扉が、観音開きにバンと開いた。  キンと響いたその声に、私を含めたその場の全員がそっちを見て、私だけがひっそりと息を呑んだの。 「……敬斗くん」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません