専属SPは今回限り
3-1 専属SPは徐々に気が付く―令嬢―

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 終業のチャイムが校内に響く。それと同時に席を立つクラスメイトたち。退出する担任の先生が教室の前扉を開けた瞬間……。 「和泉敬斗っ! 週末のサッカー部の試合に」 「いや我ら柔道部の次鋒の代役を」 「和泉ぃ! 練習試合の助っ人の件がぁ!」 「いい加減テニス部に入ってくれよう、敬斗ォ!」  雪崩か津波のように流れ込んでくる、他クラスの人たち。みんな、どんなスポーツでもこなしてしまう和泉くんを、自分の部活やら戦力にと引き込みに来た。これ、実は毎日の光景。お陰で担任の先生は、毎日放課後すぐの教室からはなかなか出られない。それを遠巻きに眺める私──鴨重紗良。  くだんの和泉敬斗くんが、私を『お姫さま抱っこ』して介抱してくれたのは、四日前の月曜日のこと。  「お嬢様の専属SPですので、気の済むまで護衛させていただこうと思います」だなんて宣言されて、舞い上がっちゃうほどに嬉しかった。けど、上辺うわべしか知らない冷ややかな視線とかご意見が刺々しくて、ちょっと居づらいことも少なくない。 「やれやれ、今日もモテてますなぁ。貴殿の推しは」 「えみり」  後ろの方から、えみりがやってきた。すっかり帰り身支度が済んでいる。早い。 「紗良、一緒に帰ろ。囲われている推しを、存分にその目に焼き付けたらでいいから」 「ちょっ、言い方っ」 「んフフ」 「今日バイト?」 「そ。あたしの推しはバイト先にいる。だから早く行きたくって」  嬉しそうなえみりの笑顔が眩しくてかわいい。あーあ。えみりくらい好きな人のことで素直に喜べたらいいのに、私も。  身支度を済ませて、吹奏楽部へ向かう伊達ちゃんと手を振り別れて、和泉くんを横目に教室の後ろから出る。  私のことを色眼鏡なしに見て、かつ対等フラット自然ナチュラルに関わってくれる女の子は、伊達ちゃんとえみりだけ。二人には、宣誓された内容はじめ、最近突然私に起き始めた奇跡的イベントに関してを報告してある。もちろん周りに気取られないように、こっそりと。 「紗良は? 週末忙しいの?」 「忙しいってわけじゃないけど、会食の同行がふたつほど」 「そっかそっか。でもそういうのあった方が、推しとたくさん会えるよねぇ」  ニタァと笑まれて、ううと小さくなる私。確かにそうなんだけど、意識してしまうと恥ずかしくなっちゃう。 「お嬢様っ」  不意に呼ばれて、肩を跳ね上げて振り返る。お嬢様呼びはともかく、「耳に心地いいこの声は」と心臓ドキリ。 「けっ、和泉くん」 「はー、間に合った。『お帰りですか』?」 「かえっ、帰りだけど、なん、どうして?」 「どうしてって。今更訊くなよ」  チラ、とえみりを一瞥いちべつする和泉くん。その目と目が合って、それからえみりは瞬間的に顔を「あ」にした。加えてまたニタァが私を向く。 「じゃあまたね、紗良、和泉くん。あたしバイト急ぎだから先行くね!」  かわいいあの笑顔で手を振って、えみりは廊下を行ってしまった。言葉少なくても粗方を察して、瞬間的に気を配れるえみりは、心底デキる女の子だと思う。やまない感謝でいっぱいですよ、私は。あとでメッセージ送っとかなくちゃ。 「飯原いいはら、マジでなんでもなかった?」 「う、うん」  多分、と口腔内こうくうないでモニョモニョ。和泉くんは「っそ」と爽やかに相槌を返してきた。 「声かけるの、きょ、教室でも良かったのに、別に」 「恥ずかしいんだろ? 伊達と飯原以外の奴らの前で『お嬢様』呼びされんの」 「それは、まぁ、その」  気遣いしてくれるようになってる。くぅー、キュンキュンくるぅー! 「い、和泉くんこそ大丈夫なの? 勧誘のあれ」 「あー。だってこの後と土曜と、お嬢様のSPあるだろ。だから断ったんだ」 「じ、自分のやりたいこと、優先してよね?」 「うん。だから優先してんの、今」  沈黙三秒。 「言ったろ? 気の済むまで護衛さしてもらうって」  そうあっけらかんとされてしまうと、反応が遅れるし困っちゃうんだけど。顔すぐ真っ赤になっちゃうし。ああ、暑い暑い! 「じ、じゃじゃ、じゃあ、その。『自宅まで、しっかり護衛してくださいまして』?」  やっぱり和泉くんの顔は見られないから、わざと鼻先を廊下の向こうへ向けて、令嬢の横顔にする。でも、それが逆に和泉くんのSPスイッチを押したらしい。深々、と頭を下げられてしまった。 「『もちろんでございます。ご自宅までの道中、しかと護衛させていただきます、お嬢様』」 「うっ、お、『お願いしますわ』っ」  はーもうムリムリ、推しからの供給一二〇%じゃん。ありがとう、今日のこの瞬間を与えてくださった全宇宙の神々よ!  すたすた、と私から歩み進む。人一人分の間隔をほんの少しだけ詰めて、左隣で和泉くんがついてくる。あぁーもう始終ドキドキしちゃうから! ぎゅうぎゅう胸が詰まるお陰で、呼吸もままならない。 「…………」  チラリ、和泉くんの横顔を盗み見る。  ボクシングをやっているにしては、かなり綺麗な横顔だと思う。そういうギャップが、個人的なキュンとくるポイントなわけだけれど。  そもそも、『片想いの相手』に自分を護ってもらえる状況なんて、何度パーティーがあったって、夢物語無限ループだよ。慣れるまでにどれだけ時間がかかることか。 「ハァ……」 「『いかがなさいましたか、お嬢様』」  ヤバ、溜め息出ちゃってた。 「なっ、別っ」 「そんなに溜め息ついてたら、幸せ逃げ『ますよ』」 「そん、そんなに、何度も溜め息してないもん」 「そーでございますか」  たんたんたん、と階段を降りていく。まさか『うっとりの溜め息』だなんて言えないよ。 「あの、和泉くん」 「『はい』?」  踊り場で立ち止まって、振り返って。 「なっ、な、なまっ、なっ」 「な、ナマ?」 「名前っ名、名前で、呼んでもいい? 下の」  キュキュキューっと上がる体温。顔面暑すぎ、思わず俯いて掌で顔を覆う。  ギャアア恥ずかしい! 恥ずかしいけど言いたかったことなの、これを、今週ずっと! 機会窺ってて、でも和泉くんと近付いて話をしたりすると冷ややかなご意見をサクサク背中に刺されたりして、状況的に厳しくて。 「別にどっちでも。お好きなように」 「へ?」  掌を剥がして、和泉くんを見上げる私。  え。なんかすんごくポーカーフェイス。雑談しているみたいにされている。私のこの緊張、もしかしてすごく無駄? 「SPのとき、だけじゃないよ? 学校の中でも、だよ?」 「うん。みんな好き勝手に呼んでるし、妙なやつじゃなきゃ好きに呼べよ『ください』」  キョトン、からの爽やかSPスマイル。んんん、浄化される……。 「あのっ、じゃあ普段から、け、敬斗、くんって、呼ぶね」 「プッ! やっぱり緊張しいは抜けねーのな?」 「な、慣れるまでに時間がかかるのっ」  多分、とまた口腔内こうくうないでモニョモニョ。やったーと思う傍らで、心臓の鼓動の速さをもて余す。  ひとつ進んでよかった。敬斗くんにも、いつか紗良って呼ばれたりしないかなぁ! なんて。

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