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駅長がしゃべってる。  猫なのに、しゃべってる。しかもなんかちょっと古風な言葉づかいで。 「え、駅長……」「なんじゃ、正月」  うん、CGでもないし、口パクでもドッキリでもない。やっぱり本当に猫が口を聞いてる。 「駅長、その…猫ですよね?」 「ああ、そうじゃ」 「なんで猫なんですか?」 「猫は猫じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし……わしはそれよりちょっと特別な存在かも知れぬな」  え、なんかさらっとすごいこと言ってる。落ち着け、落ち着け正月。これは夢なんかじゃない、現実だ。  あ、いや、この前の社長の一件もあったことだし……やっぱりこれって、 「ふふん、夢ではないぞ。あれは曼珠の十八番じゃ」  まただ、また僕の考えが読まれてる。っていうか駅長も同類だったのか。 「まあまあ、今はあまり深く考えんほうが良いぞ。おいおい全てを教えてやるから」  駅長はテーブルの上に座って、僕の目をじーっと見つめた。生まれてこの方猫になんてこれほどまでに凝視されたことなんてないから、すごく気味が悪い…… 「わしがお主に言いたかったのは、だな」  白い前足が、すっと食べかけのインスタントラーメンに向けられた。 「働き盛りの若いモンが毎日こんな食事でいいと思ってるのかー!!!」  小さな猫の身体からは想像できないほどの大きな声。食堂中にぐわんと響き渡った。  その後はよくあるお説教だった。やれ炭水化物ばっかだの塩分過多だの、ビタミンだの野菜が無いだのって。  でも一瞬、母さんがまだ生きていたら、やっぱり似たようなお説教をしていただろうな……なんて心の隅で思っちゃったり。 「分かったか志乃田正月。仮にもお主はこの会社の将来を担う貴重な若手の職員なのじゃ。こういうのはダメとは言わん。だが毎日摂るのは言語道断じゃ。もう少しきちんとした栄養バランスの取れた食事をだな!」  駅長の身体の毛が逆立っている。よほど腹に据え兼ねてるんだな。 「でも僕、料理作るのって全然ダメなんです……」料理が得意なら初めからそうしてるし。  でも、いつの間にか、目の前にいる相手が人間の言葉を話す猫ということすら、僕はすっかり忘れていた。 「てんでダメってわけでもないじゃろう。ちょびっとでもいいからできるものを申してみい」 「作れるもの……豚肉の生姜焼きとか焼きそばかな」  はあ……と駅長はため息ひとつ。 「仕方ないのお……ならばあいつにでも頼んでみるか」  半ば呆れた表情で、駅長は食堂から出て行った。  駅長が最後に言った「あいつ」って誰だろうと思いながら待つこと数分。なにやら外で駅長と……そして聞き慣れない男の人の声が聞こえてきた。 「すまないの、寝てるところを起こしてしまって」 「いや、姉さんの頼みならばしょうがないですって、でも一回だけですよ」 「頼む、そのぶん臨時給は弾んでやるからの」  そんな会話とともに入ってきたのは、社長と……トレーナー姿の男の人だった。  日焼けした肌に短く刈り上げた髪。そして肩幅の広い身体つき、ラグビーとかやってそうな感じだ。 「時雨に紹介しよう、彼が新入社員の志乃田正月じゃ」  その言葉に、僕は慌てて立ち上がって挨拶した。  そう、時雨先輩。職員名簿に載っていたもう1人の先輩だ。

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