「ところで……」 一応この件は済んだとはいえ、当事者である僕にはまだやることが残っている。それはレポートだ。 この会社にはパソコンなんてないから、当然全て手書き。一応作例文があるとはいえ、今回の一部始終を文章として書くのは結構大変だ。 「駅長、人間の姿にもなれるんじゃないですか。なぜその姿で通さないんですか?」 駅長室で下書きをしつつ、僕は率直に疑問をぶつけた。 最初から人の姿で駅長として仕事していればいいものを。 いや、それよりも……「駅長の正体って、化け猫とかですか?」だ。 「まず、先ほどは一切驚かずにこの私と話してくれたことに例を言わなくては、な。それと、猫のわしと人のわしと。これは両方ともに正しい姿じゃ」 「正しいというのは……いったい?」 「ひとつはこの駅のマスコットとして存在する猫。もうひとつはこの駅の代表として存在する人間の姿じゃ。さっきみたいに事件や事故が起きたとするじゃろ? そんな時に猫がにゃあと現れたらどうする?」 なるほど、だから二つの姿を使い分けている……ってことなのかな。 「それと、化け猫と呼ばれるのはちょっと心外じゃの。ついでに猫又もNGじゃ」 それじゃいったい……と聞こうとしたその時だった。 駅長室の開いた窓越しにさあっと吹いてきた夜の涼しい風。 その風に煽られるカーテンと共に駅長は、またいつもの猫の姿へと戻っていた。 ほんの一瞬のことだった。まるでマジックを見るかのような、1秒にも、いやそれよりもっと早い駅長の変化だった。 「おおざっぱに言うと、わしは猫神であり、ここ一帯の土地神でもあり、そして…… ふふ、これはまた今後のお主の教育のために取っておくとしようかの。まあ、つまりはそういうことじゃ。信じるも信じないもお主の心次第。けど一連の不思議な事象を目のあたりにすれば、否が応でも信じざるを得ないと言えよう」 「ってことはもしかして、社長よりも駅長の方が偉かったりとか……ですか?」 「ほほう、正月はなかなか勘が鋭いの。大正解じゃ。格付けで言うとわしの方が実は曼珠のやつよりも上なのじゃ」 そうは言うものの、ますます頭の中がこんがらがってきた。つまり僕はいったいどういう目的でただ1人この駅に呼ばれてきたんだろう。猫の声が聞こえたから? はたまた山から来た子供たちの姿を見ることができたから? それか……若かったから? 「全て正解じゃ。だけどもさっき言った通り、これらの事を全部いっぺんに教えるにはまだまだ正月は若い。なあに、時間はたっぷりあるさ」 ある程度レポートを書き終えると、時計の針はすでに十時を過ぎていた。 桃くんを見つけた時が確か五時くらいだったから……僕は5時間近く倒れていたってことになるのか。 流石に喋り疲れたのか、はたまた猫の習性が隠せなかったのかはわからないけれど、駅長も大きなあくびをひとつ。残りは今度の出勤の時に仕上げて持って来いと話すと、専用の椅子の上で丸くなって寝てしまった。 ちなみに今度の出番は、大事をとって1回分お休みということになった。 ……さてさて困ったな。駅長じゃないけど、いきなり休めと言われたって、寝ることくらいしか特にすることがないし。
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