作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

電車を乗り換えるたび、乗り換えるたび。  だんだんと列車の両数が短くなってゆく。  最初は10両だったのが6両、そして4両、2両。ここまでくると最後は1両編成かなと思ってたら、本当に1両しかない電車だった。  しかも上手い具合に乗り換えることができて…これを逃したら、目的地である「ほたる咲く丘駅」に着く電車まで軽く2時間は待ってないといけなかった。セーフ。  でも、ほたるが咲くって名前…面白いな。あれ虫なのに。  なんて退屈な時間をあれこれ思いながら、電車はゆっくり田んぼや車の全く走っていない道をカタコトと走っていった。   誰もいないシートに一人座りながら、僕は今一度持ってきた荷物を見返してみた。  本当に、周りの人が見たら呆れかえるくらい、僕はなにも持っていない。  研修のときに来ていた背広一着におろしたてのワイシャツ3着。そして下着に、ピカピカに磨いたビジネスシューズ。  洗面用具に手帳と筆記用具に……それと忘れちゃならない、前の職場の制服一式だ。  話によると、向こうに着いてから僕の制服を採寸するという話なので、当分の間は前の服で我慢していてくれとのこと。まあ、これに関してはしょうがないか。 「どこまで行くのかな?」    突然、隣から聞こえた声に思わずびっくりした。さっきまで誰もいなかったのに……いつの間にか僕の隣におじいさんが座っていたんだ。  一体どこで……僕が荷物チェックしている間に途中駅で乗ってきたのかな。  しかもこのおじいさん……おそらく年齢的には80歳くらいは行ってそうなくらいの風体なのに、着ている服はパリッと仕立てたグレーのストライプの入ったスーツ。うわ、渋い、カッコいい。 「えっと、ほたる咲く丘って駅です」そう答えるとおじいさんは、ほほうと白く長い口ひげをさすっていた。 「ほう、あそこはいい場所じゃよ、その名の通り夜になると蛍が一斉に輝きだすんじゃ。まるで……そう、満開の桜のようにな」  なるほど。だから咲くっていう表現している駅名なんだなって僕は納得。  で、余計かもしれないけれど……僕は今度からそこで働くんです。と言ってしまった。 「ほうほう、まだ小さいのに駅員さんなのか、こりゃ前途有望じゃ」  なんか言ってる意味がよく分からないけど、とりあえずは褒められてるのかな。僕も釣られてありがとうございますとそれに応えた。  うん、でもやっぱりこの背の小ささだけはちょっとコンプレックス。背広作るときにも店員さんに小さいって言われちゃったしなあ…… 「にゃあ」  また突然! しかも猫の声……って、ネコぉ⁉  おじいさんがいた以上に唐突で、僕はシートから飛びあがってしまった。  猫だ、それもすごくきれいな白い毛の猫。真ん前で、まん丸い目で僕をじっと見つめている。    いや、車内に猫がいるなんてマズいんじゃないのかな。どうしよう、これ乗務員さんに言った方がいいのかな。 「なあ」    また鳴いた。まるで僕の心を読んでいるかみたいに。 「なんで……猫が」  僕の疑問をよそに、白い猫は隣のおじいさんのひざの上にぴょんと乗っかり、すりすりと気持ちよさそうな顔で頬を寄せていた。  なんなんだこの猫……僕の心臓はバクバク音を立てていた。 「猫は嫌いかな?」ああ、うん、確かにそう。けど質問はそうじゃない。おじいさん、猫がここにいてなにもおかしくないの? って言いたかったんだ僕は。けど……けど。  ごめんなさい、あまり言いたくないけど、僕は動物がちょっぴり苦手。  小さな時からそうだった。近所の犬の頭をなでていたら突然噛まれたり、庭にいた野良猫に餌をあげようとしたらいきなり手をひっかかれたり……と、犬も猫もトラウマになる思い出しかない。結局のところそれをずっと引きずったままで……。 「ふなぁ」  ふにゃっとした気持ちのいい鳴き声を立てて僕を見つめている。  いやその、猫ってやっぱ怖い。いきなりすごいジャンプ力で飛びかかってくるし、牙も爪も鋭いしで。  ごめんなさい、やっぱり次の駅で駅の人に追い出してもらおう。 「猫というのはね、人間の心を読むんじゃよ」    ふと、おじいさんのその言葉に僕のこころが止まった。 「相手が嫌いと思っていれば警戒して近寄らない。逆に好きと思っていたら喉を鳴らして近寄ってくる。要はお前さんの気の持ちようじゃ。ほっほほほ」  そ、そうなのかな……でもやっぱ、僕は苦手だ。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません