駅から歩いて五分くらいのところに僕が今寝泊まりしている寮がある。 ……とはいっても、住人は僕1人だけしかいないけど。 てっきり村雨先輩や時雨先輩もここに住んでいるのかなと思ったんだけど、あの2人はどうやら実家が近くにあるとか聞いたし、それに寄さんは奥さんと子供がいて、つまりマイホームがあって。 建てられてまだそれほど経っていない、まだ素材の匂いが残る部屋へと入り、電気をつける。 ……何にも置いていない殺風景な僕の部屋。他の人に見せたら、今流行りのミニマリストって言われるかもしれない。けど、特に買い揃えるような家具家電があるわけでもない。最低限必要なものは最初っからこの寮には揃えられていた。 そう、あの駅みたいに。 無いといったら……うーん。ゲーム機くらいかな。 今日は制服のまま帰ってきてしまったので、寝巻き兼用にして唯一の普段着でもあるトレーナーとTシャツに着替え、僕は疲れた身体を布団に潜らせた。 ……………… ………… …… 風が強いのかな、さっきっから窓を何かが叩くような音が聞こえる。 コンコン、コンコンと。 そのまま放っておくと、今度は子供の声が聞こえてきた。 「まさつき、いるか? おきてるか?」 風の音じゃなかった、これは……お昼に遊んだ子供の……山の子の声だ! っていうかここ二階なのに……どうやってここに⁉︎ 月明かりの差す部屋の中、僕は恐る恐る窓を開いた。 「やっぱりそうじゃ! まさつきみーっけ!」 目と目があった瞬間、窓から一気にわーっと一、二、三……そう、九人の子供が一斉に部屋へとなだれ込んできた。 でも一体なんでこんな真夜中に⁉︎ 「白妙様に聞いたんだ。まさつきは仕事じゃない時はいつもここで寝泊まりしとるってな」年長の子が心配そうな表情で僕に言った。 部屋の明かりをつける……と、子供たちはみんな髪から足元まで泥まみれだ。 「まさつき、ひどい怪我したんだって聞いた。あの女は本当に悪い奴じゃ。まさつきはなんも悪いことしとらんのに。今度見かけたら田んぼに突き落としちゃる。敵討ちじゃ!」 「心配してくれてありがとう。けど仕返しするのはよくないよ。あのお姉さんは迷子だった桃くんを必死に探していたところだったんだ……もしみんなが逆の立場だったら、どうする?」 そうやってきっちり僕は子供らに説明した。殴られたからって殴り返すのは、一番よくないやり方だ。それに彼女もきちんと謝ってくれていたんだし。 「まさつき……おまえすごいな!」 「そんなこと俺たちには全然思いつかなかったわ、やられたらやり返すのが普通だとうちら思っとったし」 安心した。これでみんな理解してくれているみたいだ。 そんな話をしていると、部屋の隅の方でじーっと僕を見ている長い髪の子が。 確か女の子は2人いたんだっけ。でもこの子は結構人見知りするタイプっぽかったから自分から口を開くことは一切なかった。無理強いさせるのはよくないしね。 「こ、これ……まさつきさんのために、みんなで……作ったの」 ささやくような声で渡されたそれは、木でできた小さな箱だった。 「傷薬だ。それを湿布に塗って痛いところに貼るとな、どんな怪我でも1日で治るんだ」 箱の蓋を開けてみると……な、なんだこの臭い!!! なんていうか……腐葉土とか腐った卵とかが入り混じった、とにかくヤバい臭さ。 「温泉が湧き出るところから取れる粉とな、黒焼きしたミミズを煎じたもの、それにカエルの皮から採れる油を混ぜて煮込むんだ。それにすり潰したドクダミの葉っぱを……」 うん、確かに効きそうなものばかりだけど……これを自分の鼻に貼っておくのは正直いって辛い。鼻より先に僕の嗅覚の方がダメになっちゃいそうだ。 でも、子供たちの行為を無駄にはできないし……困った。 「なあまさつき、怪我が治ったらまた俺たちと遊んでくれるか?」 「まさつき、ひどい目にあったからもう遊ぶのやめちゃうかと思って、あたしたちずっと心配してたんだ……」 「ねえねえ、また一緒にかくれんぼしような? なんなら俺たちがずっとまさつきを探す方でもいいぞ!」 「まさつきは最高の友達じゃ! 狐や狸よりずっとずっと最高じゃ!」 「みんな……」 そういえば、小さな頃からずっと僕は友達を作ることがなかった。運動神経もそれほど高い方でもなく、話題も合わせられなくって。ずっと、一人だった。 こんなにも僕のことを友達って言ってくれてるなんて、慕ってくれてるなんて生まれて初めてだ。 ふと、胸の奥がぎゅーっと締め付けられる感じが押し寄せてきて……また、自分の意思とは関係なく、涙がぼろぼろ出てきてしまった。 なんでだよ……子供たちの前で泣いちゃうだなんて。 恥ずかしいけど、でもすごくみんながいることが嬉しい。すごく、すごく。 「なんでまさつき泣いてるの?」 「どうしたん? あたしたちなんかしちゃった?」 「泣くなよまさつき、おまえが泣いちゃうと、おれたちまで泣いちゃうじゃないか!」 「ごめん……ね、みんな」 僕はもう、これ以上嬉し涙を抑えることができなかった。 君たちが最高の宝物かもしれない。 ここに来れて、よかった。 宝物と、山の子と。 おしまい
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