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 でも、そんなことがどうだっていうんだよ。耳の奥からザザッという音が聞こえてきて、ぼくはさけびたくなった。 「ちょっと待てよ……だいたいそれ、ぼくのりんごジュースだろ! それはいいとしても、おまえ何なんだ? もうやめてくれよ! 今すぐすべてを元通りにしろ!」  ぼくが大声で叫ぶと、血の匂いがスッとひいた。  あいつの姿と、二人ぶんの死体が消えている。あわててカーペットをめくってみた。血なんてひとつもついていない。  ぼーっとしていると、ぼくの電話が鳴った。母さんから連絡用に持たされてるんだ。ぼくは電話を取ろうとして、ためらった。あいつからじゃないかとこわくなったからだ。  だけど、結局は取った。父さんからだった。 「ああ、ミチアキ? 今日は遅くなるから、母さんにそう伝えておいてくれないかな?」 「うん、わかった」  ――ああ、良かった! おかしなことは何も起こっていない。ぼくはげらげらと笑い出したいような気分になった。  冷蔵庫からりんごジュースを出してのんだ。よかった、何もなくなっちゃいない。そうそう、これが本当の世界なんだ。父さんからぼくに電話がかかってくるなんて、滅多にないことだけれど、でもたまにはそういうことだってあるさ。  とにかく、家が赤いものでぐしゃぐしゃになってるよりはずっといいよ。  だけどそれからの毎日はちょっと困ったことになった。  ぼくは血まみれの横断歩道をわたって学校に行き、みんなといつものように静かに大人しく授業を受ける。ぼくはみんなと普通に話をしたいんだけど、油断しちゃいけない。だって、いつ世界がひっくり返って、赤いドロドロの風景になるかわからないんだから。  ぼくの生活は万華鏡のようにくるくると移り変わる――どちらが本当?――そんなこと決まってる! いつも通りの何も起こらない毎日だよ。 「じゃあ、これはなんなんだよ?」  ぼくが給食を食べ終わってのんびりとしていると、ガラス窓の向こうから、あいつが呼びかけてきた。その背後には、誰もいない血だらけの教室が広がっていた。 「決まってるさ。夢だよ――そんなことあるわけないじゃないか」 「ガンコだなあ」 「そうだね、ぼくは少しおかしくなってるのかもしれない。それは認めるよ。でも本当の世界はちゃんとこっちにあるんだ。おまえの見せるニセモノの世界にはだまされないぞ!」  そいつは「うしろ」とぽつんと一言いった。

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