しかし実際の私は、ふてくされた顔で病院のベッドに寝ているのだった。 私は二階の窓から落ちたらしい。植木のしげみにひっかかったので、そこまで大きなケガはしないですんだ。隣の家の人が、木の枝が折れる音がしたので、どうしたのかと見にきてくれたみたいだ。 私は片足を折って、オレンジ色のきれいな包帯をまいたギプスをしている。脳の検査が終われば、一応は家に帰れるらしい。 私は一人、病室でぼんやりとしていた。世界が終わらなかった……私はあの海をわたることができなかった。私は単に二階から落ちてケガをしただけ。世界は永遠に終わらないんだ。 じゃあ、あのことはこれからもずっとずっと続くの? 「いいえ、世界は終わったわ」 聞き慣れた羽音がする。ハーピーがベッドの手すりにふわっと降りてきた。 「どこから入ってきたの?」 「私はいつもあなたの側にいるわ」 「そうなの?……私、失敗しちゃった」 「まあ、泳いで海をわたろうなんてのは、少し無茶だったかもね。疲れちゃうでしょ。今度はボートを用意してあげるわ」 私は少し笑って、枕にどさっと頭をなげた。 「ウソつきね」 「いいえ、ウソじゃないわ。本当よ……」 ――本当のこと。そんなものあるんだろうか? パパとママは「パパが酔っ払って私の部屋に入ろうとして、私がそれを泥棒だと間違えて、こわくなってパニックを起こして、窓から逃げた」んだって話を作り出して、それを信じようとしている。 パパはしばらくの間禁酒するんだって。でも私がやめてほしいことはやめるつもりがあるんだろうか? 「それともボートなんかじゃなく、豪華客船にする? 今からチケットを取れば十分間に合うわ。七つの海をのんびり巡りましょうよ。私の友だちのいる島だってあるし。おしゃべりだけど、いいやつよ。それに、一日二回虹が見られるところがあるわ。とってもきれいよ。あなた、想像したこともないでしょう……」 私はハーピーの派手な羽色に目をとめながら、うつらうつらしだした。あの海から出港してハーピーと世界中を周る。それはなんて素敵なことだろう。どんな楽しい冒険だってできそうだ。私はいつまでも彼女の声を聞いていたかった。
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