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 ぼくは安全な部屋で、包帯を巻かれた両手をじって見ていた。  いたい。  ほんとにいたい。サイアクだよ。  それにさあ! なぜだかぼくは学校のガラスを割ったってことにされちゃってる。ぼくのいい子としての評判は地に落ちたよ。  昨日ぼくは病院へいってきて「とりあえず、今日は学校を休みなさい」ってことになった。ホトボリが冷めるのを待つためだね。  ただ、ちょっとショックなことがあるんだ。そういった時の母さんは、そう……なんだか面倒くさそうな表情をしていた。 「あーあ、この子ったらまたお皿を割ったのね。誰が片づけると思ってるのよ、もう」――みたいな。  めんどう?  面倒ってなんだよ!  ……まあ、そりゃそうかもね。ぼくがみたいな良い子が急に問題を起こしたんだもの。  でも、ぼくはあいつとあの世界にだまされただけなんだ! ぼくは本当は、そんなことをするわけがないのに。  ――またあの音が聞こえてくる。ザッ、ザザッって……何あれ、ノイズ? でもどこかで聞いたことのある。とても懐かしい。子守歌みたいな……ちがう! ウソいうなよ。ぼくはあの音を聞きたくないんだ。  なのに、それはずっとずっと続いて、やむことがない。 「まだそんなことをいってるの?」  ぼくの部屋の窓に、あいつの姿がうっすらと映る。 「ああ、おまえの企んでることがわかったよ。おまえはこうやってぼくの生活をめちゃくちゃにして、そしてぼくにとってかわろうっていうんだろ。そうじゃないの?」 「おまえの生活なんて、そこまで魅力的なものじゃないよ。自意識過剰だなあ」  ――なんだとう!  でもそれくらいでへこたれてちゃいられないや。 「じゃ、じゃあさ……なんでなの? どうしてぼくにつきまとってんのさ? それで、あのめちゃくちゃな世界! ぼくだってこんなふうにケガして――」 「痛いだろ」 「えっ?」 「手を切れば痛いものなんだ。思い出したかい?」 「は……?」  ぼくはそいつのいってることがよくわからなかった。ぼくが、わかろうとしていなかっただけかもしれないけれど。 「おまえはほんとに忘れっぽいなあ。おれのことなんて、ひとつも覚えてもないんだろ。そうだと思ったよ。でも、そんなのシャクじゃない? だからこうしてわざわざやってきて――」  手のひらの傷がちりちりとうずく――ぼくは机の中からいちばん大きいカッターを取り出して、あいつの前に立った。だけどそれは、あいつをだまらせたいのか、自分をこわしたいのか、よくわからなかった。  ただ、何かをぐしゃぐしゃにしたかった。 「思い出せよ。起こったことはなくならないんだ」  あいつは静かに言って、姿を消した。

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