――ずっとずっと昔から、ぼくにはあるひとつの考えがあったみたいだ。 それは「ぼくは幸福でなけりゃならない」というものだ。 ぼくは「明るくしてなくちゃならない、問題を起こしちゃならない、楽しそうにしていなきゃならない」と思って過ごしていた。 で、自分がそんなこと思ってるなんて、何も気づかないでいた。 そう、ふつうがいいじゃない。何も起こらず、いつもと同じってのが。どうしてそんなことを思ってたのかな? わからない、でもそうした方がいいと感じてたんだ。 それに、ぼくの予感は正しかったじゃないか。 母さんはぼくを見て面倒くさそうな顔をするし、父さんはぼくのケガについて一言も何もいわない。それは無視ってことだろ? まあ、今は自分たちの離婚のほう大事なのかもしれないけどさ。 ぼくはふつうできれいできちんとしているぼくでなきゃ認められないんだ。そうでないぼくは、イヤなんだろ? でも、そんなふうに思ってたのは父さんと母さんだけじゃない。 アキラがいじめられてたのは知ってた。だけど、ぼくがわざわざ何かするなんてさ……めんどうくさいだろ? だから、今までずっとそのことを見ないようにしていたんだ。ぼくだってアキラを見捨てていた。 最低だよ。 手のひらが痛む。 両手どころじゃない。ずっと雪の中を歩いていくうちに、両足が痛いのか冷たいのか、なんだかわからなくなってしまった。でもぼくは別にそれがイヤじゃなかった。そうやって痛みを感じていれば、いつか何か、とてもきれいなものが見つかりそうだから。 雪の中を進んでいくと、切り立った崖に出た。その先は真っ暗。何も見えない。 「そこから先へは進めないよ」 後ろからあいつの声がした。あいつはコート、マフラー、帽子まで着込んだ、温かそうな格好をしている。それに、雪かき用のシャベルまで抱えてるよ。用意がいいんだな。 「きてくれたんだね!」 「まあね」 「でもさ、どっかに道があるんだろ?」 「あるといえばあるけど」 そいつは、つまらなさそうにいいながら歩いてくる。 「だろ? それじゃあ――」 あいつはいきなり、ぼくの頭にシャベルを打ちつけた。 何かを考えるより前に、ただ衝撃が走った。ぼくが電化製品なら、絶対に大事な箇所が壊れてるだろうって殴り方だった。あいつは妙に悲しそうな声でいった。 「別におこってるわけじゃないんだ。ただ、思い出してもらいたいだけ――」 ぼくの頭の中に暗闇が広がっていく。
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