「わたしはあなたの味方よ。だからあなたはそんなふうにしていられる。でもたまには、ちょっとくらい私に感謝してほしいと思うの。どう? ソーダでもおごってよ」 「……まあ、いいけど」 ぼくは彼女が何をいっているかわからなかった――でもぼくは夕食の買い出し係でもあるので、ソーダをおごるくらいは何でもなかった。さっきの衣笠さんはどうしてるだろう。よかった、もうどこかへ行っちゃったみたいだ。 ぼくは公園で、彼女と二人ベンチに腰かけた。別にきれいだと思ったこともない町並みだけれど、空はいっぱいに開けていた。 「あなたはここからの眺めが好きだったわね。暮れゆく空、明かりがともる家、そしていちばん星がのぼりはじめて夜がくる」 ぼくは夕暮れの景色をとてもきれいだと思っていた。でも同時にそれが恐ろしかった。だってもうこんな時間だ。ぼくは家に帰らなくちゃいけない。それはぼくにとっては、拷問がはじまるのと同じだから――夜になるとまた。 ソーダはしゅわしゅわといっていて、ちょっと飲みにくくって――どうして未来のぼくはお酒を飲んでいるんだろう。それはソーダをのむのとは違うよね? ……昼間は必死でおさえつけているんだ。だけどそれが出てきてしまう。あんなこと、どうだっていいことじゃないか。よくあることだよ。そんな目にあった奴らは何万人もいるだろう。そいつらの大半は何とかやっていけてるんだろうよ。なのにおれはどうしてこうなんだろう。それに耐えられないんだ。忘れたいんだ。考えたくないんだ。だけど自分一人じゃどうにもならない。 夜になるとまたいやなことがやってくる。だから酒をのむんだ。他にどうやったらいいかわからないからな。おれは同じことをくり返して。ずっとずっと――だからいったろ? 呪いだって。 夜になってあたりは真っ暗。誰の姿も見えない。ぼくはおびえて彼女にすがった。 「杏里、この声は何?」 「もうわかってるはずよ」 「どうしてぼくにこんなことを聞かせるの? ぼくが何をしたっていうの?」 「あなたは何もしていないわ――あなたの望むとおりに」 「ぼくにわかるようにいってよ!」 「わたし、あなたを大切に思ってるのよ」 月の光がさす。杏里の姿が見える……何も傷ついていない姿が。ぼくはなぜだか急に眠くなって、へとへとに疲れてしまった。
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