ぼくは十才で、年をとりすぎていた。 カウンセリング室の窓から、遠く、放課後の校庭の様子が伝わってくる。みんなサッカーをしているみたいだ。 ため息をついて、机の上に乗っかっているへんてこなモノを見つめた。五十センチ角の正方形の大きな箱。底は明るいべったりした一面の青色にぬられてて、川砂が半分まで入っている。 「箱庭療法っていうんだよ」ぼくはポーに話しかけた。 ポーっていうのは、ぼくの友だちで、ピンク色の丸いかっこうをしたやつだ。バレーボールくらいの大きさで、足は四本。毛は一本も生えていない。足の長さがそれぞれふぞろいなのが特徴だ。 伊藤先生はさっき「すぐ戻るから待っててね」といって出ていった。 先生がいない今なら、ポーが答えてくれるだろう。あいつはぼくが他の誰かと話してる時はぜったいに出てこない。 部屋をぐるりと見渡した。薬棚の後ろ。天井のすみ。カーテンのかげ。ポーがあらわれるのをまった。 ――いない。ポーは出てこない。 ずっと前、ポーはいつもぼくの側にいた。けれどぼくが大きくなるにつれ、姿を見せることが少なくなってきた。ちょっと前から、誰かが側にいるだけでも現れなくなった。最近はいくらよんでも出てこない時がある。 「いないの?」 部屋は静かだ。午後の太陽の光と、校庭のざわめきが伝わってくるだけ。 ぼくにはポーが見えない。 箱の横にある赤いプラスチックかごの中には、いろんな模型が入っていた。馬の人形、鼓笛隊、もみの木、橋、造花、ワニ、家、バッタ、岩、りんご、男や女や子どもの人形たち。それぞれの大きさがばらばらで、ふぞろいなドールハウスの材料みたいだ。 ぼくはスプーンで砂をひとかきした。中央に川を作り、橋をかけ、家と人を置き、花と動物を並べて、できるだけにぎやかにかざった。 もう一度見なおして「緑がたりないな」と思った。家の横と対岸に木を植えてから、カウンセリング室をこっそり抜けだした。 人の気配が残っている教室へ近づく気になれなく……、二階のいちばんすみっこにある屋上への階段を探した。そのあたりは、ふだんは使われていない空き教室が並んでいるばかりだ。歩いていても誰にも見つからずにすむ。 ぼくは逃げ隠れるように、階段の暗がりに忍びこんだ。半分ほど上がると、ほこりがつもったかびくさい匂いがした。ここは窓もなく明かりもなく、真っ暗だ。屋上からの熱気を受けて、へんに蒸し暑い空気に包まれる。
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