「なあ、おまえはいつもおれのことを無視してただろう。ずっとずっと昔から――。そして、おれに目も耳も口もあるのを知ると、それをふさごうとした。それができないとなったら、おまえはいった。『雪の中にいても、春の日のように思えばいい』って。そしておれを埋めたよな。おれは土の中でいろいろなことを考えた。なぜおまえはこんなことをするんだろう。おれが嫌いなのか。邪魔なのか。おれに消えてほしいのかって」 思い出した。 今ようやく思い出した。 ぼくはこれまでずっと自分の墓穴を掘ってきたんだ。 感じるべきではないこと、台本から外れること、本当のこと――そんなものをすべて土に埋めてきた。 「そしてやっとわかったんだ。おまえは耐えられないんだ。この世界に。この生命に。感じていることのすべてが。だからおれを切り離していたい――おまえは本当のことに耐えられない、とても弱い生き物なんだ。だから、ずっとあのニセモノの世界を見ていたんだろう」 ぼくはぼくを傷つけて、無視して、そして墓穴を掘って土をかけ続けていた。 みんなが血まみれなんじゃない。ぼくが血まみれなんだ。 ぼくは何かをいおうとした。たぶん「ごめんなさい」って言葉を。だけどいえなかった。 あいつの声が聞こえる――。 ああ、おまえってどうしようもないやつだな。ニセモノの世界を見て、それで満足している。もう、それはずっと変わらないだろうね。おれはわかってたよ。おまえはあの世界で血みどろになって、なのに何もしないでグズグズに腐っていくだけだろうって。だからおれは必死で土から抜け出して。おまえの足跡をたどって。 おれは知っていたよ。 おまえがどんなに苦しんでいるか。 何も見ないふりをして、どれだけ血を流しているか。せめてそれを伝えようと。鏡をぬけて。 「じゃあ……君はぼくを助けにきてくれたの?」 ぼくの真上でパン、と何かがわれた。 細かいかけらが降ってくる――うすく冷たく、ぼくの足元にぱらぱらと散る。それは透明なガラスで、さわったら手が切れそうだった。 ここは……ぼくの家のリビングだ。誰もいないけれど。ぼくは何かを探して、のろのろと廊下への扉を開いた。 ――外には、一面の青空が広がっていた。 足元には、サァーッと浅い水が広がっている。それは地平線の果ての果て、どこどこまでも続いていた。
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