昼と夜の子どもたち
その海の記憶 7
「何でこんなことになったのかって思ってるんだろ」 その人は、独り言でもいうようにいった。 「おれは忘れよう忘れようとしていたよ。そうするのがいちばんに思えたから。だけど忘れられないんだ、どうしても。ふとした時にあの記憶がよみがえってくる。ああ、それは記憶なんてものじゃない。その時が、その瞬間が、その痛みが、何度でもよみがえってくる。あの時の海を思い出すこともある。だけど、その記憶はもう完全に過去のものだ――だけどあの瞬間は! 説明するまでもないだろ。昼日中でもあれがよみがえってくるんだ」 ――ねえ、なにいってんの? 「ああ、おまえのいうことはわかってる。あいつらみたいにはなるまいって、そう決めてたのに……あの時何が起こったかわかるか? おれは呪いをかけられたんだ。おれは一生あの世界から出られない。たとえ何百キロ離れても、何十年経とうとも、おれは逃げられない」 ――やめてよ。向こうの人みたいなことブツブツいわないで。 「おまえだってそうなる」 ――ぼくはちがう! ザアッと雨が降っていた。 ぼくは夜になりかけた町、一人で買い物袋を持って立っている。 ここは……いつもの町だ。さっきのは何? 杏里がぼくの腕をつかんで――それからどうなったっけ? 頭をきちんとまとめよう。ぼくは買い物袋を持っている。そして家の近くを歩いている。じゃあ、ただ買い物に出かけただけ? ぼくはずぶぬれになって家に帰った。あの人はめずらしくぼくを怒らなかった。きっと、ぼくがあまりにもしょげかえっていたからだろう。ぼくは家に帰って夕食を作って――そしてあの男の人みたいになるの? 一人でお酒をのんで落ち込んでいるあの人に?
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