Trifolium(シロツメクサ)
バレンタインの謎?

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 男子校には、二種類の男の子がいる。  バレンタインデーに深く関係する者と、そして全く関係のない者だ。  男子中学校に通っているからと言って、女の子と知り合う機会が無いわけではない。幼馴染や塾で仲のいい子、果ては他の女子中学校へと『遠征』してまで見つけてくるなどして、『アオハル』を満喫する男の子も意外に多い。  中学三年生の姫宮桐士ひめみや とうしは、『全く関係ない者』グループに属している。だから、縁の無いものに浮かれている暇はないのだ…… ――そういえば、今年のバレンタインは日曜日だな。  金曜日のホームルーム。その最後、教室の皆で先生に向けて礼をしながら、桐士は何げなくそう思った。  顔を上げふと横を見る。夜野三葉よるの みつはも桐士の方を見ていた。三葉とは最近仲が良くなり、色々と一緒に行動するようになっている。 「ねえ、桐士とうしくん」  三葉が声を掛けてくる。  小さめの耳の下から、すっきりとした顎へとかかるショートボブの髪が、教室の窓から差し込む日の光に照らされ、艶のある光沢を放っていた。  度の強い眼鏡の奥から覗くどこまでも透明な瞳に、ふっと吸い込まれそうな気がして、桐士はつと目を逸らす。 「な、何だよ」  教室にいた生徒たちが、次から次へと教室から出ていく。まるで二人の存在などないもののように、そして、銘々の約束の地へと向かうために。 「日曜日、ヒマ?」  探るように、のぞき込むように、三葉が上目遣いに桐士を見た。その瞳を横目で見ながら、桐士は『ずるい』と思ってしまう。三葉にその目をされると、桐士は何も断れなくなってしまうのだ。 「に、日曜は、剣道の練習試合があるんだよ」  無実の罪が桐士をさいなむ。  普段、日曜日は部活動が休みなのに、せっかく三葉が誘ってくれたのに、そんな日に限って、練習試合なんかがあるとは! 「そう、残念だね」  三葉の表情が少し曇る。桐士は心臓をぎゅっと握られたような気がした。 「ご、ごめんな」 「ううん、別に、桐士くんが悪いわけじゃないし」  どこか寂しげな微笑みを浮かべながら、三葉が顔の前でひらひらと手を振る。 「来週の日曜日は部活無いから、来週遊ぼうぜ」  桐士は三葉にそう提案してみたが、三葉は「んー」と軽い声を出した。 「練習試合って、何時に終わるの?」 「へ? どうだろう。四時くらいじゃないかな」 「じゃあ、練習試合終わって帰ってきたら、少し会わない?」  三葉は普段あまり自分からこうしたいという気持ちを出さない。それだけに、桐士は三葉が自分の提案に乗ってこないことに少し驚いてしまった。 「終わるのが四時って言っても、帰ってくるのが何時になるかは分からないぞ」 「いいよ。終わったら、連絡して」 「それはいいけど、何するんだ?」  二人で遊ぶと言えば、どちらかの家に行っておしゃべりをするか――それは桐士にとって、極めてどきどきする時間である。普通、中学生くらいなら、テレビを見るか、ゲームをして遊ぶ。そんなものだろう。  しかし桐士も三葉も、あまりゲームをしたりDVDを見たりすることは無く、かと言って、テレビを見ることも無い。おかげで二人とも、クラスの話題についていけてない。  ただ、本人たちは気にしていない様子だった。なぜなら、二人には共通の趣味があるから。 「本屋にでも行くのか?」 「ううん。桐士くんが言ってた本、渡すよ」  剣道部のキャプテンをしていて、運動神経のいい桐士。対照的に、無口であまりクラスメイトとはしゃべらず、成績はいいが運動が苦手な三葉。  そんな二人に共通する趣味が、読書だった。 「えっ? あれ、買ったのか?」 「うん。もう読み終わったから、貸してあげる」  部活動にお金がかかるため、桐士とうしは余りお小遣いをもらえない。三葉みつははその点、書籍を買うお金を親にもらえるようで、本をたくさん持っていた。桐士は三葉によく本を借りるのだ。 「マジか。あ、明日じゃダメか? 明日は、午前で部活が終わるけど」  土曜は学校がないが、桐士には部活がある。一方、三葉は塾に通っているらしいが、確か土曜日は何もなかったはずだ。 「ごめん、明日は、ちょっと用事があって」  三葉は少し困った表情で、桐士の提案を断った。 「そ、そっか。じゃあ、日曜日、終わったら連絡するよ」 「うん、待ってる」  三葉が笑顔で答える。桐士は「じゃあ、オレ、行くよ」と手を振り、部活動へと急いだ。 ※  日曜日。練習試合は予定通り午後四時に終わった。しかし、部活の顧問が他校と合同練習をすると言い出し、そのまま休憩をはさみ、稽古をすることになってしまった。  桐士は苦々しい思いを抱えつつ、休憩の間に三葉にスマホでメッセージを送る。 『ごめん、長引きそうだ。今日は会えないや』  桐士は内心かなりがっかりしていた。しかし、三葉には明日また会える。なんといっても二人はクラスメイトで、席も隣なのだ。そう思い、気を取り直すことにした。  三葉からの返事を待ちたかったのだが、残念ながら返事が来る前に集合がかかってしまった。桐士は、稽古に集中することにして、脱いでいた面をつけ始める。  大人数での稽古だったので、様々な稽古が交代で行われた。その分、練習量はさほど多くはなかったが、随分と時間がかかってしまった。  結局、稽古が終わったのは午後六時前。これから後片付けをして帰ると、七時を過ぎてしまうだろうか。  着替えを終えてから、スマホをチェックする。すると、三葉からメッセージが届いていた。 『うん、分かった。でも、終わったら教えてね』  それを見て桐士は首をひねる。それを知ってどうするつもりだろう?  とりあえず桐士は、三葉に「ごめんな。やっと終わった。今から帰るところ」というメッセージを送った。 ※  練習試合のあった体育館から家まで、電車を使って一時間。すっかり暗くなった頃に、桐士はようやく家へと帰ってきた。  と、家の前に誰かがいる。 「お、おい、どうしたんだよ」  三葉みつはだった。 「桐士くん、お帰り」 「遅くなるって言ったのに、わざわざ来たのかよ」  気を付けてはいるのだが、桐士は三葉を前にするとどうしても口調が偉そうになってしまう。照れがそうさせてしまうのだ。 「うん、どうしても、渡したくて」 「そりゃ嬉しいけど、本なんて明日でも」  良かったのに。桐士の言葉を、三葉が差し出した紙袋が遮った。 「はい」  三葉が、少し照れたように笑う。 「これ、何だ?」  三葉が貸してくれるはずのものは、一冊の本である。紙袋に入れるほどのものでは――桐士はそう思い、袋の中を見ようとしたが、それを三葉が止めた。 「昨日、本を見ながら作ってみたんだ。恥ずかしいから、部屋で、見て」  そう言って三葉は、下を向いてしまう。 「な、なにを……」  作ったのか。それを桐士が訊く前に、三葉はまるで逃げるように、走り去っていった。  その場に残された桐士は、しばらくの間唖然とした様子で三葉を見ていたが、結局彼が一体何をしたかったのかよく分からないまま、家へと入った。部屋へ行き、剣道の防具袋を床に置いた後で、三葉から貰った紙袋を開けてみる。  中には、貸してもらう約束をしていた本と、そして手作り感たっぷりのカップケーキ。そしてメッセージカードが入れられていた。 「何が、書いてあるんだろう」  桐士は、心臓が奏でるビートを聞きながら、メッセージカードをそっと開いた。  そこに書いてあったのは―― 『From Your Valentine』  ただその三単語だけだった。  桐士は、しばらく考えた後で、三葉が作ったであろうカップケーキを頬張りながら、ぼそっとつぶやいた。 「ごめん、ちょっと、意味分かんないや」

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