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 二、三年に一度しか帰ることがない実家には、もうとっくに私の部屋はなかった。  私は広いリビングにあるソファーに座ったまま、天井を見上げていた。母の趣味で取り付けられたシーリングファンが私の目に映る。しかし、別に天井を見ていたいわけではない。ただ、することがないだけだった。スマホを触る気にもなれなかった。  少し首が疲れて、今度は窓の向こうに見える庭へ視線を変えた頃、弟の陽がリビングに入ってきた。  二年会わなかっただけなのに、随分おじさんっぽくなったような気がする。 「美月姉、こっち手伝ってよ」 「わかったよ」  私はゆっくりとソファーから立ち上がった。こんな私でも何かできることがあるらしい。  陽の後ろについて廊下を進んでいくと、陽は和室へと入っていった。後に続くと和室は少しだけ埃のにおいがした。中央にある座敷机には、古びたアルバムが何冊も積み上げられていた。あのアルバムたちから埃のにおいが放たれているような気がした。埃を吸ってしまったせいか鼻が少しむず痒くなり、私は鼻を啜った。  デジタルメディアやクラウドで写真を管理する昨今、重たいアルバムを広げるなんていうことは滅多にないことだ。このアルバムの積み上げに何の意味があるのか、本当はわかっていたが私は「なにこれ?」と陽を見た。 「親父に任せると、ページをめくるたびに止まっちゃってさ、もう戦力外」  陽はため息を大きく吐いた。 「だろうね」  私は頷く。同意が欲しいわけではない陽は私の左肩を軽く叩き、「早めに準備しなきゃだから、美月姉頼むよ」と言った。 「え、私がやるの?」 「オレ……これから車で駅に来てる大阪の叔母さん夫婦迎えに行ったりするけど? 檀家の坊さんも迎えにいかないとだし。美月姉がこっちやってくれるなら?」  冷めた目で陽が言った。 「はいはい。……わかった、わかった、やりますよ」  免許を取得して十年弱、私が車を運転した回数は数えられる程度だ。しかも、この町は再開発が進み、もうどの道がどこに通じているのかナビがなければわからない。そんな私が誰かの送迎などできるはずはなかった。私の免許証は、ただの写真付き身分証明書だ。    玄関前の車庫から車のエンジン音が遠ざった頃に、私は畳に座った。  とりあえず座敷机に山積みされ、その頂上に置かれた赤いアルバムを手に取った。ずしりと重かった。  アルバムを開くと、幼い頃の私と陽が映った写真が目に入った。沖縄旅行に行ったときのもののようだ。ということは、私が五歳ぐらいだろうか。まだ陽のことをかわいいと思えた頃だ。  写真の中では、幼い私が陽を後ろから抱きしめ、無邪気に笑っている。  こんな風に写真を見ていれば、父の手が進まなかったのも理解はできる。何気ない一枚一枚は、私の頭の中にある引き出しを開け始め、頭の中をぐちゃぐちゃに散らかしていく。 「浸ってる場合じゃないな」  私は、アルバムをパラパラとめくりながら、母が大きく映る写真を探す。パッと目につくものを探そう。できるだけ映りがいいものを選ばなければ。  母の遺影を――。

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