Scene 6

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 男に案内され、建物の裏側にある喫煙所に移動した。  タバコが元々嫌いということもあるが、男の吐いた煙が空気を伝って僕の体内に入り込むと考えると今すぐ肺を取り出して洗浄したい気分になった。 「で、なんなの。アイツの居場所なんか知らねえよ?」  男は終始気怠そうな態度で応対してくる。ケンチの相方だからやはり同い年くらいだろうか。初対面の相手に対する態度として相応しいものとはとても思えなかったが、突っ掛かった所で意味はない。そんな勇気もない。僕は話を進めることにした。 「憲一のことについて聞きたいんだ。相方なんだよね。ケンチの行く先に心当たりない? 何があったかも知りたいんだ」 「今は相方じゃねえよ。心当たりもない」 「じゃあ、何があったかは?」  そう聞くと男は目を逸らし、さっきまでの威勢が嘘のようにバツが悪そうに俯く。 「何かあったんだね」   男の顔を覗き込むと「うるせえな。何があったか話すから話したらすぐ帰れよ」と声を荒らげてタバコを口につけた。 「と言っても何から話せばいいんだ」  呟くようにいうと白い煙をふっと吐き出した。僕は男が話し出すのを待つ。 「俺とアイツが解散したのは三ヶ月前くらいだ」 「なんで解散なんてしたの?」 「なんでって。面白くないからだよアイツが。それは俺だけじゃない。みんながそう思ってた。なのにアイツら、全部俺のせいにして押し付けやがって……」  男は吐いたタバコの煙と同時に、僕にとって、いや、地元の仲間にとっても衝撃的な事実を吐き出した。 「アイツの笑いは、なんて言うか、ズレてんだよ。講師の言うことを聞きもしないから「才能がない」だの「田舎に帰れ」だの、散々暴言も吐かれてた。なのにアイツはいつも自信満々で。あんな態度だと誰でもイラつくよな。だんだん同期達からも嫌われてアイツは一人浮いた存在になった」 「嫌われてたっていうのは、いじめられたってこと?」 「そんなんじゃねえよ。そんなんじゃ……。まあ、飲み会に誘わなかったり、軽く無視したりはしてたけど……。だけどアイツはそんなの全く気にしてなかったよ。何食わぬ顔して毎日レッスンに来てたしな」  僕の顔をチラリと見た男が急に弁解するような口調になった。僕は自分でも今どんな顔をしているのか分からない。「それで?」と僕は続きを諭す。 「あ、ああ。俺は嫌になったんだ。面白くない癖に自信はある。周りにどれだけ馬鹿にされても笑ってる。みんなアイツのことを陰で、痛覚がないって意味を込めて『ゾンビ』って呼んでた。次第に俺まで『ゾンビのコンビ』だなんて馬鹿にされて。それが耐えられなくて解散を切り出したんだ。そしたらアイツなんて言ったと思う? 『俺と解散するなんて勿体ねえよ』って。呆れを通り越して笑ったよ。だから俺は言ってやったんだ。『お前のことを面白いと思ってる奴なんて一人もいねえぞ』ってーー」  男がケンチに向かって放った言葉を聞き終わる前に自分でも無意識の内に体が動き、男の頬を右拳で殴っていた。 「い、痛え。いきなり何するんだよ」  突然の出来事に男は尻餅をついて驚く。  ケンチは僕にとって、僕達にとってのヒーローだった。ケンチのことを否定することは僕達全員のことを否定するも同然だった。僕は溢れ出そうになる涙を必死に堪えた。 「なんでお前が側に居てやらなかったんだよ。力になってやれなかったんだよ。なあ。相方って夫婦なんかよりも深い仲で結ばれてるんだろ!」  これまでに出したことのないような低い声が出た。尻餅をつく男の胸ぐらを掴む。  男の立ち居振る舞いが虚勢だということはタバコを吸った時に分かった。  吐いた煙が真っ白だったのだ。タバコを吸わずに蒸しているだけという証拠だった。 「だ、だってしょうがないじゃん。知り合いも誰もいないようなこの場所で一人ぼっちになりたくなかったんだよぉ」  さっきまでが嘘のように男は震えた声を出した。そして情けなく、声を上げて涙を流し始めた。 「こんなことになるなんて思ってなかったんだ。ごめん。本当にごめん。お願いなんてできる立場じゃないけど。お願い。憲一を見つけてやってください」  泣きじゃくる男の胸ぐらからそっと手を離して振り返り、歩き出す。僕は前を向いたまま男に聞いた。 「なあ。ケンチって本当に面白くなかったの」 「……確かに世間一般とはズレてるのは分かった。でも面白かった。少なくとも俺の目には」 「……。いきなり殴ってごめん」  更に声を上げて泣く男をほったらかして僕は走り出した。     ケンチは底抜けに明るい性格だが、周りの仲間や講師から白い目で見られて平気でいられるほど鈍感ではない。きっと苦しかっただだろう。  そんな毎日の中でも明るくいられたのはあの男ーー相方がいたからだ。    ケンチは地元に帰省すると決まって相方の話をした。唯一無二の相方だと語っていた。「相方は夫婦なんかよりも深い絆で結ばれている」というのは、あの男から言われのだと、ケンチが頬を綻ばせながら照れ臭そうに語っていた言葉だった。  苦しい日々の中で唯一の希望だった相方から放たれた「面白くない」という芸人を目指すケンチにとって一番凄惨な言葉。ケンチの目の前を真っ暗にするには十分すぎただろう。  当時のケンチ心情を想うと涙が溢れ出た。頬を横切って次々と後ろへ流れてゆく。   なあ、ケンチ。何で頼ってくれなかったんだよ。なあ、ケンチ。一体何処にいるんだよ。

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