Scene 3

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 音信不通になったケンチのことが心配になり、東京のケンチのアパートに足を運び『笑報』を見つけて、やっと初めてあの時のケンチの表情を思い出した。  友達として失格だと心底自分に失望した。  親友の死の可能性という一人で抱え込むには大きく、未だかつて経験した事のない恐怖を和らげたくて、ラーメン店まで行く車内である人物に電話をかけた。 「お疲れ、まさき〜。どうした〜?」  地元仲間の一人である剛だ。いつもと変わらない軽い調子の応答に少し心が軽くなるが、どう話せばいいのか悩みなかなか言葉が発せない。 「どうした、まさき。何かあった?」  電話を掛けておいて無口な僕の違和感を感じ取ったのか、剛が真剣な口調に変わり、訪ねてくる。僕は胸に手を当て、呼吸を整えてから言葉を絞り出した。 「忙しいのにいきなりごめん。落ち着いて聞いて欲しい。ケンチが大変なんだ。ケンチが、死ぬかも……いや、もしかしたら……」  電話口の向こうの剛が沈黙する。暫くして、軽快な笑い声が響いた。 「ははは。何言い出すかと思えば。あのケンチだぜ? そんなことするはず無いだろ」  真剣に捉えてくれない剛に、三ヶ月前から音信不通になっていたこと。家に遺書とも取れる書き置きがあったこと。居酒屋での発言など、事細かに説明した。 「考えすぎだって。まさきそういうところあるからなぁ。居酒屋の話は本当に同期の話。笑報に書いてたのは、きっと新作のネタか何かだよ。急に連絡が取れなくなってみんなで心配してたら『海外行ってた』って何食わぬ顔して帰って来たこともあったじゃん。またそのパターンだよ。心配しすぎたって。わざわざ関東の家までいくなんてさ。まあ、これからバイト先行くんだろ? 何かあったらまた教えてよ」  電話の向こうの剛がいなくなる。  確かに僕達の知っているケンチと自殺は全く結び付くものではなかった。いうならば、月とスッポン。天と地とでもいうように、対極に位置する存在といった印象だ。  次第に僕の頭の中でも剛の言ってたことが真実のように思えてきた。笑報はただのネタ帳で、今は海外旅行に出掛けている。それで万事解決。  そう思うと心が軽くなり、浮き足だった気持ちで窓の外に目をやると、ビルの間にスッポリと挟まったような小さな酒場が目に入った。地元で飲んだ日のあのケンチの表情をまた思い出して、念のためもう一本電話を掛けることにした。 「もしもし。どうしたのまさきくん。久しぶりねぇ」  電話の奥に聞こえる年齢をあまり感じさせない高い声はケンチのお母さんだ。剛に電話を掛けた時よりも心が軽くなっていた僕は、今度はすんなり言葉が出る。 「お久しぶりです。突然ごめんなさい。憲一君のことなんですけど。最近変わったことありませんでした?」 「変わったこと? うーん、特に何もなかったけど。連絡も取らないしねぇ。どこで何してんだか。まさきくん達の方が知ってるんじゃないの。何、憲一が何かやらかしたの?」 「いえ、そういう訳じゃなくて。ちょっと色々あって。憲一君が良からぬことを考えてないかと、少し心配になったので」 「良からぬこと……。それって、自殺とか、そういうこと?」 「まあ、そんな感じです」    電話の向こうでケンチのお母さんが軽快に笑った。 「ははは。ないない。あの子がそんなことする筈ないでしょ。昔っから明るくて楽観的で、呑気なとこだけが取り柄みたいな子なんだから」  ケンチのお母さんにお礼を言って電話を切った。やっぱりケンチと自殺は親でさえも結び付かないらしい。  剛にも言われた通り、僕には過剰な妄想癖みたいなものが昔からある。  今回も僕の妄想だろう。片道十時間ほど掛けて、わざわざ夜行バスで東京へ来た自分に嫌気が差しつつも、ケンチのお母さんと会話したことで、ケンチの自殺の可能性も僕の中から完全に消えていた。  ちょうどその頃、ケンチがバイトしていると言っていた駅前のラーメン屋の前に到着した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません