Scene 2

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ーー三ヶ月前ーー  芸人を目指して上京しているケンチが帰省すると、地元の仲間である、剛と鈴香、誠と由梨。それから僕とケンチは誠が経営する居酒屋で朝まで飲み明かすのが恒例だった。  その日も半年ぶりに皆と再会し、誠の居酒屋で飲んでいた。酒も進み、たわいの無い話で笑が止まらなくなった頃。たまたまケンチと僕しか席に居なくなるタイミングがあった。アルコールを胃に押し込んだ僕はいつもより少しだけ陽気になっていた。 「なあ、ケンチ。最近どうなの?」 「どうもこうもねえよ〜。オーディション落ちまくり。皆センスねえよな。審査員俺が代わってやろうか。なんつって」 「ケンチがやってどうするんだよ」 「あ、そりゃそうか」  後頭部に手を当ててケンチは戯けて見せる。真っ直ぐに整えられていた筈の真っ黄色なリーゼントが力なく弛んでいた。 「相方さんとも相変わらず?」 「ん? ああ。ボチボチやってるよ」  ケンチはお猪口の芋焼酎をぐいっと一気に呑みほした。  思えばこの時点でいつもと少し様子が違っていた。なんで気が付かなかったのだろう。 「なあ、まさき。ちょっと聞いていいか?」 「え、なに? 改まって」 「いや、大したことじゃないんだけどさ」  そう言って間を作ったケンチは見た事のないような神妙な面持ちをしていた気がする。 「不相応応な夢ってさ、いつまで追い続ければいいんだろうな」  ケンチの発言に戸惑った。予想もしなかった言葉だったからだ。だけど僕は陽気になっていた。酒の力で熱い男になっていたのだ。ケンチ対して僕はこう言ったと思う。  「なに弱気になってるんだよ。ケンチは僕達のヒーローなんだよ。ケンチがテレビで活躍する日をみんな楽しみにしているんだぜ」  陽気な僕は腕を組んでケンチに笑いかけると、ケンチはいつものあっけらかんとした顔に戻り、腕を組み返してきて笑った。 「いや、俺の話じゃねえよ? 養成所の同期に相談されてさ」 「なんだ。そうなのか」 「当たり前だろ? 俺から芸人という道をとったら何が残ると思う?」 「確かに。何も残らないね」 「だろ〜? って馬鹿やろう。何かは残るだろ」  僕達は顔を見合わせて笑い、さらに酒を飲んだ。何を飲んでも楽しい味がした。だからだろう。そこかの記憶は、冬に車の窓にかかる霜のようにモヤがかかってあやふやだった。だけど僕は不相応な夢の話をケンチではなく、同期の話だと疑わずに信じた。  ケンチは僕達にとってのヒーローだった。  底抜けに明るく、人とは違う突拍子もない発想でいつも周りを笑わせ、学生の時代はいわゆる二枚目ではないにも関わらず、ユーモアと人当たりの良い性格で他学年や他校にもファンがいるほどだった。  高校三年生の進路で悩む時期。「芸人を目指して上京する」と言ったケンチに反対するものは誰一人いなかったし、むしろ田舎町から芸能人が誕生することを町中が喜んだほどだ。  ケンチには人を笑顔にする才能があり、人を惹きつける才能がある。幼いながらに感じていた印象は二十も半ばに差し掛かった今でも変わらない。  そんなケンチが悩みを抱えているなんて微塵も思わなかったのだ。

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