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「まァ! 何故わたくしが見へるのでせうか?」  その少女は両手で口を覆う仕草が上品で、一見すると明治大正時代のいわゆるはいからさんのコスプレ。しかしそれにしては少し地味というか、やけにリアリティがあった。  抹茶色のような着物に、暗くてはっきりとはわからないが紺色か、紫色、そんな色の袴といういでたち。髪型も時代を感じる結い方で、まるで古い本の挿絵から出てきたかのようだ。 「ここ誰もいませんでしたよね?」  俺はその少女と占い師を交互に見て、少女には説明を、占い師には同意を求めた、つもりだった。 「いいえ、彼女はずっとあなたの隣にいたのですよ。それを可視化したまで」 「エエ。此の方の仰る通りでござります」 「そんな馬鹿な。ござります、っていつの時代ですか」  それが事実なら、彼女は。  いいや、そんなわけはないだろう、まさか、そんなわけは。 「わたくしは明治に生まれ明治に死にまして」 「は?」  疲れているのかもしれない、と思った。というより思いたい。   「ですからあなた、憑かれてるんですよ。もう随分前から気になっていたんです」 「ええ、ええ。俺は疲れてますよ、毎日この時間まで仕事ですからね」 「それではなくて、幽霊に取り憑かれてるんです」 「信じられるわけないじゃないですか、そんなこと急に言われても!」  占い師が、俺が考えたくないことをきっぱりと言い切った。幽霊なんているわけない! そう思うのに目の前にいる少女はあまりにもレトロで、その古めかしさがあまりにもリアルだった。 「……帰ります。もういいですか」 「ああ、それではどうぞゆっくりお話合いをなさってくださいね。折り合いがつかなければ除霊も受け付けていますので」 「なるほど。そういう商売なんですね、はいはい、では失礼」  新手の霊感商法で儲けようとしているんだと思った。その時は。  次第に駅の灯りは届かなくなり、間隔のあいた外灯が役に立っていない暗闇の中をアパート目指して急ぎ進む。ところがだ。180センチの俺が早歩きしているのに、の少女は息を切らせることもなくぴったりと隣についてくる。  走っているのかと足元を見ても濃い色の袴が邪魔してよく見えない。が、その袴がおかしい。ゆらゆらと揺れてはいるが、交互・・に足を動かしている気配がない。冷えるわけでもないのに背筋にぞくりと悪寒が走る。  それでも俺は努めて不審者扱いをしようと言葉を振り絞った。 「どこまで着いてくる気ですか。家を特定してあとでお金せびろうってことですか」 「そんなことじやござりませんョ。わたくしは飯倉さんのお部屋に帰るのですもの」 「名前までもう知ってるんですね。はあ。そろそろ警察を呼びましょうか」 「まァ、物騒ですこと。およし遊ばせ、わたくしはよその方には見へませんから、無駄でござりますョ」  結局アパートに着いてしまった。途中で撒くことも叶わず、玄関の鍵を開けてドアの隙間に滑り込んだ。 「悪いけど、ここまでで勘弁してお帰りください」  アパートの廊下に彼女を残したまま、俺はドアを閉め、内側から鍵をかけ、普段は使わないチェーンまでしっかりとかけて深いため息をついた。アパートの安ドアでも、こんなときは頼りになるものだと思った。 「はぁーっ。諦めて帰ってくれよ。まだなにかするつもりなら今度こそ110番だ」  外にいる少女に聞かせるわけでなく、心の声が表に出たように呟いて靴を脱ぎ…… 「は! え? ああ?」  慣れた手探りで壁のスイッチを叩いて明るくなった部屋で、かがんだ姿勢から直ろうと上を向いた視界に入ってきたのは。  袴少女がにっこりと品よく微笑む姿だった。  足元は……コンビニの弁当やカップラーメンの空容器が散乱する床が、透けていた。 「ぎゃーーーーー!」  そこから先の記憶は、ない。

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