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 高子さんの小説は垣田伊三の名誉のため、夫人の遺品から出てきた著者不明の原稿を典子さんが現代風にしたという落としどころで決着をつけた。  伊三の遺作だと検証しだす流れも当然あって、映画公開に合わせて原文ままのものも出版される。映画の製作サイドは想定外の話題性に狂喜乱舞だ。  伊三の件がヒヤヒヤするが、一応のひと段落というところに典子さんからメールが届いた。書きあがった原稿が添付されている。 「え、嘘だろ」  高子さんにも典子さんにも驚かされてばかりだったが、まただ。  その原稿には、俺と高子さんだけでなく、典子さんと高子さんとのやりとりも詳細に描かれていた。    高子さんが語った身の上話が真っ赤な嘘だった。高子さんに惚れた伊三が結婚を申し入れたときに、伊三の名前で本を出すことを約束させたんだそうだ。  当時はまだ女性が文学を嗜むことを良く思わない風潮もあって、そこで高子さんは自分の作品を発表するために伊三と結婚し、自分が体が弱いことを隠れ蓑にして狭い部屋に閉じこもり黙々と執筆していたと書かれている。  ふいに、スマホが鳴った。典子さんからだ。 「黒田島です。原稿、届きましたか?」 「ええ。読んでびっくりの暴露本じゃないですかこれ」 「ふふふ。近くに来てるので、いつものカフェで会えませんか?」  そんな呼び出しで行ってみると、あり得ない光景に出くわした。 「こんにちはー」 「飯倉さん。お久しぶりでござりますネ」 「え。高子さん、成仏したはずじゃ」 「成仏なんて嫌ヨ。わたくしはずつと書くのでござります。それで典子さんにお願ひ遊ばしたのですけど」 「高子伯母様のお話はまた原稿を見つけたことにして飯倉さんに打ってもらえばいいんじゃないですか」 「それは良ひお考え」 「勝手に決めないでくださいって」  典子さんと高子さん、奇跡のツーショト実現! とか言ってる場合じゃない。  聞けば、幽霊だけでも信じられないのに高子さんは俺が持っている本と自分で書いた原稿とを往来できるそうだ。  高子さんの憑いていた本はずっと遺品として黒田島家にあったらしい。ところが遺品整理中に他の本と一緒に業者が引き取っていってしまった。偶然それを俺が買ったわけだな。 「ところで、これは本にしたらマズいやつですよ。典子さんが書いたとあってはフィクションでは済まされないでしょう」 「いいんですよ本にしなくて。これは、私が飯倉さんに見せたいだけで書いたものなんです」 「え」 「高子伯母様は作家としては尊敬してますけど女としては割とクズなので、騙されないでくださいね」 「嫌だワ典子さん。そんなこと。あなたこそ作家になりたひからといつて飯倉さんのことを教へてとせがんできたではありませんか」  典子さんと高子さんが少し似ている上品な顔と仕草で朗らかに品のない会話を繰り広げている。俺はどうしたらいいものか。 「とりあえず、典子さんは見た目が独り芝居になってますし、落ち着いて」 「オホホ。わたくしは見へませんからね」 「高子伯母様ったら。あ、飯倉さん、それでこれが正真正銘の私の新作です!」 「飯倉さん、わたくしも聞ひて欲しいお話がござりますョ」  女三人寄れば姦しいというが、仲がいいのか悪いのか、二人でも充分に姦しい。一気にややこしい大作家先生を二人も担当することになった。  幽霊のゴーストライターをする羽目になって、しかも作家志望の子孫との小競り合いに巻き込まれた俺が主人公の本が一冊の本になる日も遠くないかもしれない。

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