叶わない恋を叶える方法
【第三章】あなたが好きなもの、こと、人(2)

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「下条さん、あんたのこと好きなのよ」  私の話を聞いて、健太は躊躇なくそんなことを言った。帰り道にコンビニに寄ったところ、外にあるごみ箱の清掃をしている彼にちょうど出くわしたのだ。 「どこをどう聞けばそうなるのよ」 「どこをどう聞いてもそうじゃない」  重そうなごみ袋を片手で持ちあげニヤリと笑ってくる。 「そんなんじゃないって。ただ……ほら、下条さんの仕事ってさ――」  どこまで言っていいものか迷う私に、 「医者でしょ」  健太はあっさりと言った。 「知ってたの?」 「知らないのは佳織くらいだって。佳織の眠り病も下条さんが担当になったの?」  眠り病なんてひどい。 「紹介されたのがたまたま下条さんの病院だったの。私も行くまで下条さんがあそこの先生だなんて知らなかった。偶然だよ」  無実を訴える私に健太は、 「いいじゃない。下条さんなら安心だ。だって彼はあたしの主治医でもあるんだもの」  と、なぜか胸を張って自慢してくる。  ごみ袋を運ぶ健太について行く。裏口にあるごみ置き場に軽々と投げ入れる健太。そろそろ半そで一枚じゃ寒そうだ。 「でもさ、中村さんてほんとやさしいわよね。博愛っていうか、誰にでも平等に接してくれるじゃない? リインには彼のファンが多いのもうなずけるわ」 「あー、それわかる」  ごみ箱をもとの位置に戻す健太が「彼女も幸せね」と言った。 「だね」  矢井田さんのことが頭に浮かぶ。いや、まだ彼女である保証はないんだし……。 「でも彼女の立場からしたら微妙じゃない? アタシだったら誰にでもやさしい男って正直信用できないわ」 「下心があるわけじゃないんだしさ」  かばうような言いかたをしてしまった。口を閉じる私に健太は肩をすくめた。 「そういう無自覚なのがいちばんやっかいなのよ」  バレなくてよかった……。  真理亜以外に自分の片想いを言うつもりはなかった。周知の事実が増えてしまえば、きっとREINに通えなくなるから。  店内に戻ると、健太は手を洗いに行ってしまった。 「おや、こんにちは」  レジで眠そうに立っている辻本さんが挨拶をしてきたので私も返す。 「お疲れ様です。今日は日勤ですか?」 「日勤と遅番です。夜勤だけは免れましたけど」  苦笑いを浮かべる辻本さん。遅番を代わってあげたいけれど、私には映画を観るという大切な予定がある。あいまいな笑みを浮かべ、お菓子コーナーへ向かった。  甘いものとしょっぱいものを交互に食べるのが好き。チョコレートとポテトチップスにしようかな。ぶらぶらと歩きながら、心がぽかぽかしてくる。  中村さんにもらったプレゼントがうれしくてたまらない。今日はなんていい日なのだろう。  苦手だった映画も好きになれるかもしれない。いや、好きになるだろう。 「ね、佳織」  手洗いを終えた健太がひそひそ声でやってきた。 「なに?」  ポテトチップスは期間限定の味もあるけれど、やっぱりスタンダードな塩味がいちばん。  手前の袋を手にする私に、 「ちょっと聞いてもいい?」  健太がいつになく真剣な声で言った。 「なによ、怖い」  店内の様子をうかがい体勢を低くする健太につられてしゃがむ。少し間を取ったあと、健太はため息交じりに口を開く。 「佳織は下条さんのことどう思ってるの? まさか、好きになったの?」 「まさか!?」 「ちょっと、大きな声出さないでよ」  ごめん、と片手で口を抑える。ポテロングの箱を並べる健太は下唇だけ尖らせている。 「下条さんってさ、うぶなところがあるじゃない? 興味がないならあんまり思わせぶりなことはしないほうがいいわよ」 「だからそういうんじゃないってば。私がいつそんな態度を取ったのよ」 「ならいいけどさ。なんだ、佳織もまんざらでもないのかと思っちゃった」  また、ふうと息を吐く健太。なんで健太がホッとしているのだろう。  そう考えて思いつく。 「え、まさか健太――」 「言わないで」  ぴしゃりと私の言葉を止めた健太が立ちあがった。 「わかってるから。言われなくてもわかってるから」 「でも……」 「いいの。この話はおしまいなんだから」  そう言うと「またね」健太はレジのほうへ向かっていく。  辻本さんに会計をしてもらっている間、健太はいつもの彼らしくぶっきらぼうな態度だった。  電子音に見送られ外に出た。  ちょっとだけしびれている頭をそのままに歩く。  健太は下条さんのことが好きなんだ……。思ってもいなかった事実にいろんな疑問が解ける気がした。  鋭い健太が私の片想いの相手に気づかなかった理由。やたら下条さんの話ばかりする理由。  ――みんな誰かに恋をしているんだ。  言葉にすれば既成事実になってしまうから、私たちは相手のことを話さないようにしている。恋の前では誰もが貝のように口を閉ざし、打ちつける波に翻弄されているのかもしれない。  大通りに出て家へ向かう。  あの角を右に曲がればREINへ続く坂道がある。私のアパートはこのまましばらく直進をしたところにある。  土日が定休日だから、週末に中村さんに会えたことは奇跡に近い。本当に今日はいい日だ。  早く部屋に戻ってこの映画を観なくちゃ。気づくと早足になっている私。  横断歩道の信号が赤になる。交差点の角にある花屋に目が行ったのは偶然のこと。  表に飾られてある色とりどりの花が私の目を引き寄せたのだと思う。  自動ドアが開く。出て来たのは中村さんだった。  すごい偶然……。  白い花束を大事そうに抱え、まるで王子様のように思えた。  おとぎ話を信じるなら、この信号が赤になったのも必然かもしれない、なんて。私に気づいたらきっとまたあの笑みを浮かべてくれるだろう。  けれど中村さんは店を出ると私に背を向けて歩き出してしまう。早く青色に変わって。もどかしく足踏みをしていると、花屋からまた誰か出てきた。 「待って! お釣りもらってないよ」  そう言った女性に中村さんは目を丸くした。  女性が近寄り、笑いながらお釣りを渡す。そして、ふたりは並んで歩き出す。まるで恋人同士のように寄り添って――。 「なんで……」  見間違いじゃない。中村さんが連れている女性。  ――矢井田さんだ。  信号が青に変わり、かごめかごめのメロディが流れても、私の足は動かなかった。

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