叶わない恋を叶える方法
【第一章】私とわたし(2)

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「どんなふうに心配してたの? なにか言ってた?」  身を乗り出して聞くと同時に、真理亜の口の端があがるのが見え我に返る。 「まあ……どうでもいいんだけど、ね」  語尾は小さく空気に溶けるよう。 「どうでもよくないから聞いたんでしょう? ほんと、佳織はわかりやすいんだから」  ケタケタと笑う真理亜に言い返せずにうつむいてしまう。  中村さんは、真理亜のバイト先であるカフェ『REIN』の店長だ。二十九歳でおひつじ座、すらりと高い身長に……いや、やめよう。また想像の世界に入ってしまいそう。 「そんなんじゃないって。ただ、あこがれてるだけ。そもそも、中村さんには彼女がいるんだからね」  いるんだけど、好き。  そんなこと、現実主義の親友に言えるわけもなく、こうやってごまかすのが精いっぱい。幸い真理亜はそれ以上ツッコむのを止めたらしく、「だよね」とスマホをいじりはじめた。 「それに、そんなウワサ立てられたらレインに行けなくなっちゃう」 「はいはい。もう言わないよ」  SNSのメッセージに返信をしているのだろう。真理亜はするすると指を操り文章を作っていく。気まずい沈黙が周りの空気を重くしている。 「えっと……」  なにか言わなくちゃ、と思考をフル回転させた。 「なんでレインってあの綴りなの? 雨、って意味なら、アールエーアイエヌでRAINだよね? なんでE?」 「……だね」 「私って夕方とか夜に顔を出すじゃない? あんまりお客さんいないけど、経営は大丈夫なの?」 「……うん」  気のない返事ばかりの真理亜。  ようやくすべての返信が終わったのかスマホをしまうと、 「そういうの、中村さんに直接聞けばいいじゃん」  意地悪なことを言ってくる。また攻撃を受け、HPが減った気分。 「もうっ、人の話を聞いてないのは真理亜だって同じでしょ」 「あたしは意識して聞き逃してあげてるだけ。そんなに怒らないで、木下佳織さん」  子供みたいな高い声を作って言う真理亜。 「なによ、俵崎真理亜さん」 「やめて! その苗字嫌なの知ってるくせに! 苗字と名前の温度差がありすぎなんだよー」  いつだって私たちはこんな会話ばかりしている。入学してすぐに仲良くなった真理亜。彼女は忙しく、授業のあとは『声優倶楽部』というサークルで活動をし、バイトはREINで夕方から閉店まで。たまに声優のバイトやイベントにも出ているそうだ。  一方私は、サークルには入らず、週に数回するバイト程度。親からの仕送りのおかげで快適に暮せている。 「でもさぁ」  元の声に戻した真理亜が大きな瞳で私を見あげた。 「ここのところ、本当にぼーっとしてるよ。いっつも考えごとしてるみたいに遠くを見てるし、店でも上の空のときがあるの。あたしも中村さんもそれを心配してるんだよ」  その名前を出すのは卑怯だ。口をきゅっと結ぶ私に真理亜は眉をしかめた。 「ほら、誕生日のこと覚えてるでしょう? あのときも、直前に急に時間が止まったみたいに動かなくなったじゃない」 「あー、うん」  七月七日、天の川で悲恋の恋人同士が再会する日に私は生まれた。  今年の誕生日も、昨年と同じくバイトのあとREINでお祝いをしてもらった。中村さんに誕生日ケーキをもらって、それをみんなでつついているときに、それは起きた。  といっても、直後のことは覚えていない。  みんなが調子はずれのバースデイソングを歌ってくれているとき、ふいに音が遠ざかる感覚が襲ってきたのだ。ボリュームを徐々に絞るように緩やかに消えゆくバースデーソング。無音映画のようにみんなの口がただ動いていた。  やがて視界がどんどん黒く塗りつぶされ、気がつくと病院のベッドの上にいた。  あれはなんだったのだろう……? 「ほんと、あのときはびっくりしたよ。感動に震えてるのかと思ったら、急に座りこんでそのまま意識を失っちゃったんだからさ」 「あれは貧血のせいだって病院でも言われたし、あれからは気をつけてるから大丈夫だよ」  リュックにいつも入れているサプリメントを見せようとして、やめた。だって真理亜は現実主義。サプリメントなんて『気休め』と鼻で笑うのも常だったから。 「今思えばさぁ、あの日は朝からぼんやりしてたんだよね。バイトでも『ミスして怒られた』って言ってたよね? そのときの感じに似てる気がする」  あくまで自論を押しとおすつもりらしい。降参、と両手を挙げてから「そろそろ行こう」と話を切りあげることにした。  さっきより学生の数は増え、掲示板にも数名集まっている。ほら、掲示板を確認する人だっているんだから。  真理亜に視線を送るけれど、彼女はポニーテールの位置が気になっている様子でこっちを見ない。  心配してくれるのはうれしいけれど、真理亜はなにかにつけてあの日のことを口にする。あの日以来そういう兆候はみられないし、自慢じゃないけどぼんやりしているのは元々のこと。  あとづけで兆候を諭されても実感できないわけで……。  校舎に入ると学生の声がうわんと反響していた。久しぶりの再会を喜びあう女子が激しく両手を振り合いはしゃいでいる。 「佳織も今日はバイト?」  歩きながら真理亜が振り返ったので、うんと首を縦に振った。 「あたしもいつものとおり。今日から新メニューだって。バイト終わったらおいでよ」  照明がついていないせいで廊下の奥側が薄暗く、差しこむ光が夕焼けのよう。足音を鳴らし歩けば、薄いオレンジ色に包まれている感覚になる。 「新メニューは、――で、柿を使った――らしいよ」  真理亜の声が遠くなる感覚。  そうして、私はあの夢を思い出す。   七夕の日に倒れたときに見た夢は、何日経っても忘れられないほど、むしろ日を追うごとにはっきりと脳裏に映し出されるようになった。  夢のなかの世界はセピア色に支配され、すべてが暖色に染まっていた。  私は違う名前で呼ばれ、それが当然のようにふるまっていて……。  真理亜のうしろを歩きながら、またあの夢が上映をはじめた。  誰にも言えない夢は、あまりにリアルだった。

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