叶わない恋を叶える方法
【第一章】私とわたし (1)

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 構内に足を踏み入れたとたん、もうここに夏はいないと気づいた。  十月一日、木曜日。  だるそうに歩く学生の横で、散った葉がくるくると渦を巻いている。そういえば今朝起きたときも、薄手の毛布を頭から被っていたっけ。  まだ夏だと思ってたのに、もう秋に傾く季節。子供のころ長すぎた一年は、毎年どんどんスピードをあげているみたい。  この間までは高校生だったのにもう大学二年生、しかも二十歳。いくらなんでも早すぎる。 「佳織、聞いてる?」  私の顔をのぞきこんだ俵崎真理亜が、秒で「ダメだ」とぼやいた。  ん? と立ち止まる私に、真理亜はトレードマークであるポニーテールを左右に揺らして呆れ顔。 「またボーっとしてる。あたしの話、全然聞いてないでしょ」 「そんなことないよ」 「そんなことある。じゃあ、なんの話をしてたか言ってみてよ」  両手を腰に当てた真理亜。声優志望の彼女は、出会ったころから声だけでなく動きまでアニメっぽい。本人に言うと、それは誉め言葉に分類されるそうだ。  駅前のカフェだけでなく、声優のバイト(格安)もこなす真理亜は、小柄で見た目もかわいい。もちろん服装も、ピンクやオレンジといった目にまぶしい色のアイテムを好んで身につけているがゴスロリは好みじゃないらしく、今日はカラフルなパーカーを着ている。  初見ではかなり驚いたけれど、この一年半の間いつもそばにいてくれる友達だ。  って、またぼんやりしていたみたい。 「ごめん、聞いてなかった」  逃げるように歩き出せばうしろで真理亜の深いため息が聞こえた。休みボケなのかぼんやりしてしまうことが多い。  ほんと、気をつけないと……。  掲示板につくと後期の授業一覧が貼り出されてあった。スケジュール帳を取り出し、講義の時間と場所をひとつずつ確認していく。 「なんでいちいち掲示板でチェックするわけ? 講義内容なんて、大学のアプリで確認すればいいのに」  不満げな真理亜は私よりもずいぶん背が小さい。ぶう、と膨れた頬を見ていると、まるで妹のように錯覚してしまう。 「念のため確認してるだけ。ひょっとしたら急に変更になることだってあるし、必須科目に遅刻したら大変でしょう」 「はいはい。念には念を押すのが佳織のクセだもんねー。後期最初の講義はええと……『中国語2』は本館三階B号室で変更なし。ここにもそう書いてるから安心しなさい」  小さい指がさしている文字は、スケジュール帳どおりで間違いない。ようやく安心していると、真理亜は指をスライドさせこっちに向けてきた。 「で、なにを考えてたの? 真理亜さまに言ってみなさい」 「別に……」  向けられた指先をむんずとつかんでおろす。こうやっていつも指さしてくる。  悪いクセがあるのはお互い様だ。  本人も気づいたのか、ふんと鼻から息を吐きだして両腕を組み顔を近づけてくる。  こういうときはさっさと白状するのがいちばんと、入学以来の経験で身に染みている私。 「夏が終わったな、って思ってただけ。ほら、高校のときは夏休みが明けてもまだまだ夏って感じだったじゃない?」  むせかえるような暑さを思い出す。あのころの私は、県外の大学に通うことも親元を離れてひとり暮らしをすることも想像すらしていなかった。  それが今じゃそれが日常。人は環境に慣れ、過去を思い出にしていく生き物ってことかも。 「そんなの当たり前じゃん。高校の夏休みは八月末までで、大学は九月末まで。一か月も違うんだから季節だって変わるよ」  現実主義な真理亜は、こうやって私の疑問を一瞬で解決してくれる。本人曰く、『普段は現実にどっぷり浸かっている人のほうが二次元の世界にハマれる」とのこと。  ちなみに声優になるため専門学校へ進学しようとしたけれど、両親の大反対にあい、渋々この大学に進学したそうだ。  まだ講義室に向かうには早い時間。掲示板を離れ、近くにあるベンチに座った。校舎の向こうに見える岐阜の空には、うろこ雲と呼んでいいのかわからないちぎれた雲が流れていた。 「ほんとあっという間に毎日が過ぎてくね」  お気に入りのタータンチェックのリュックをお腹で抱える私に、「もう」と真理亜は足をぶらんぶらんさせた。 「おばあちゃんみたいなこと言わないでよ。ほんと、最近ぼんやりしてること多いよ」 「自分ではそんなつもりないけど」 「自覚症状がないだけ。昨日、中村さんも心配してたよ」  その名前が耳に入ったとたん、一瞬で胸が痛くなった。表現的な痛みでなく、リアルにドンと胸をたたかれたように息が吸えなくなる。

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