叶わない恋を叶える方法
【第一章】私とわたし(4)

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 気の早いクリスマスケーキの予約案内がBGMの合間に今日から流れている。  退屈そうにレジに立つ健太。 「ね、健太」 「ん?」 「さっきはありがとう。助かったよ」 「別に」  単語で話すのが健太の特徴。けれど、だまされちゃいけない。これは彼の表の姿なのだ。  奥にある扉が開き、オーナーである辻本さんが顔を出した。昨日の夜勤のあと、パートさんが休んだため日勤もこなしたのこと。ひどい寝起きの顔で後頭部の髪の毛がトサカのように立っている。 「いやぁ。すっかり寝ちゃったよ」  五十歳というには少し老け顔の辻本さんは、どことなく夢のなかのタロウさんに似ている。顔じゃなく、雰囲気というか背格好というか。  大きなあくびを逃がした辻本さんが、 「なんか大きな音がしたけど、クレーム?」  スマホをポケットにしまう健太に尋ねた。 「大丈夫」 「それならいいけど。木野さんもいつもありがとうね」 「辻本さん、今夜も夜勤ですか?」 「まさか。これ以上働いたら倒れちゃう。明日の早番まではゆっくりさせてもらうよ」  辻本さんは、いつだってニコニコしている。笑いジワが顔に刻まれていて話をしているとこっちまで笑顔になってしまう。  かたや、肉まんのケースを拭く健太はムスッとした顔を崩さない。 「お先に」  バッグを手に帰っていく辻本さんにも「はい」とだけ。なんて愛想のないこと。  店内にふたりきりになると、健太は数秒黙ってから「もう」と口にした。 「佳織はやさしすぎ。さっきの酔っぱらいのタバコなんてテキトーに出しておけばいいのに」  さっきよりも二オクターブくらい高くて甘い声。これが彼の裏の顔。 「適当に出しちゃったら、それこそクレームになるでしょ」 「あんなに酔っぱらってるんだもん。わかりゃしないわよ」  手をヒラヒラと前後に動かす健太は私よりも絶対に女性らしい。最初は驚いたけれど、麻痺してしまったのか驚かなくなっている。 「キャラ変しすぎじゃない? 表と裏があまりにも違いすぎるし」 「じゃ、こっちが表面よ。男くさくするの、ほんと大変なんだからぁ」  はじめは怖い人だと思っていた。勤務をはじめたとき、ボソボソ低い声で業務を教える健太がニコリとしたことは一度もなかった。実際、バイトの人たちから恐れられていたし、陰で『ボス』と呼ばれているのも知っている。  真理亜に誘われて出かけた声優のライブ。あれが、健太の裏の顔、いや、表の顔を知るきっかけになったんだ。  開演前、女子トイレに続く長い列に並んでいた私は、大声で体をくねらせ寄声をあげる集団を見かけた。みんな見た目は男性だったけれど、話しかた、体の動きは女性そのもの。その中心に健太がいたのだ。 『やだ。グッズ売り場遠すぎない? だから最初に買っておこうって言ったじゃないのよ』  そんな彼と目が合ったのは、偶然が必然か。  それ以来、健太はふたりきりのときは表の顔になるのだ。まぁ、そのおかげでバイトがしやすくなったのもたしかなことで。 「今日はレインに寄る? アタシ、行きたいけど夜勤なんだ」 「え? だって夜勤の人来るんでしょ?」 「違うの。山本くんが熱で休みなんだって。しょうがないからアタシが朝までやることにしたのよ。相手は新人ちゃん、しかも女子なのよ。なんの楽しみもないのぉ」  太い腕を腰に当てて健太は嘆きの顔をした。 「辻本さんはこのこと知っているの?」 「言ってない。だって、おじさん、知ったなら『自分が入る』って絶対に言うもの。佳織にしてもおじさんにしてもやさしすぎるのよ。やさしさは長所でも、やさしすぎるのは罪よ、罪」  夜勤を交代してあげる健太もじゅうぶんやさしいと思うけど。 「明日の夜は顔を出すから中村さんによろしくね」 「わかった」 「くれぐれもアタシのイメージ壊さないでよ。オネエなことを知ってるの、あんただけなんだからね」 「わかってるって」  はいはい、とうなずくと入口のチャイムが鳴り客が入店してくる。 「いらっしゃいませ」  声に出すけれど、健太は言わない。  レジの前にある運転免許合宿のチラシを整理する。クリスマスソングがやけに大きな音だ。  やさしすぎるのは罪、か。  夢のなかの私……ハナもきっとやさしい人なんだろうな。あんな短い夢でも、本を大切にしていたし声もやわらかかった。 「ね」  体を近づけてきた健太が小声で言った。 「最近は夢、見てないの?」 「見てない。このことも内緒だからね」  私があの日見た夢は、健太にしか話をしていない。内緒にしておこうと決めたのは、話を聞き終えた健太が言った、『倒れたときに頭を打ったのかしら』の言葉のせい。  たしかにそんな話をされても困るだろうし、現実主義の真理亜には絶対に話せない。  健太は「もちろんよ」と答えてレジの前に戻る。カゴを台の上に置く女性客に健太は無言でレジを打つ。 「五百四十六円です」  その声は低く、愛想のかけらもないものだった。

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