「ありがとうございました」 レシートを渡して頭を下げれば、すぐに自動ドアが開いたことを知らせるチャイムが軽やかに鳴った。どうやら今日は忙しいらしく、ずっと客が途切れない。 大学近くにあるコンビニだからか、後期がはじまった今日、町にも店にも学生が戻ってきた感がある。 入学してすぐにはじめたこの店でのアルバイトも、スタッフの入れ替わりが激しいせいか今や中堅クラスになっている。 新人教育を任されることも増えたけれど、そもそも週に二回程度しか勤務していないので、あっという間に経験値は追い抜かれてしまう。 やっとレジが空き、フライヤーで揚がったフライドチキンをケースに移していく。それが終われば、うしろのケースに並ぶタバコを補充する。 単調な作業をしていると、つい浮かぶあの夢。 あれはなんだったのだろう……。 何回問いかけても答えは出ない。ただの夢なのに、頭にこびりついてはがれないようで、なにかにつけて思い出してしまう。 あの夢のなかで、私は図書部屋と呼ばれる場所で働いていた。 ハナという名前で、ふわふわした髪をひとつに結びよく笑う人。まるで他人の人生を体感しているようだった。 本の背表紙を触る感覚、扉の重さ、机を拭く布巾の感触。ぜんぶがリアルで、だけど夢。 「へんなの……」 あれ以来見ていないけれど、続きが気になってしまう。 私は……ううん、ハナは誰を待っていたのだろう? 彼が来るかもしれない、というドキドキはまだ胸に残っている。 ハナも誰かに恋をしているのかな。私が中村さんを想うように……。 ふいに大きな笑い声が店内に響いた。 男子学生の集団がカップ麺のコーナーで騒いでいる。ドリンクコーナーでは中年のサラリーマンがふらふらとゾンビみたいにあっちに行ったりこっちに行ったり。酔っぱらってるのかな? また想像の世界に入りこんでいた自分に気づき背を伸ばした。これじゃあ、真理亜に注意されるのもあながち間違っているとは言えない。今はバイト中なんだからしっかりせよ、と言い聞かせた。 それにしても……と、隣のレジの前でカウンターにもたれるように立っている日野健太を見やる。金髪で強面という最強の組み合わせの彼は、高校を卒業してからフリーターをしているそうだ。ちなみに私と同じ二十歳。 短時間勤務の私と違い、週に五日間フルで働いている。私からすれば大ベテランなのに、健太の仕事ぶりはひどいものだ。暇さえあればスマホをいじっているし、客に対しての愛想はゼロ。オーナーが親戚じゃなかったら、クビになってもおかしくないレベル。 しかも私とシフトが丸被りなのも悩みの種だ。 「なに?」 今も、私の視線に気づいてかギロッとにらんでくるし。 「別になんでもないよ」 「あ、そ」 朝は工事現場でバイトをしているという健太。最近どんどん胸板や腕が太くなっていて、制服であるグリーンのエプロンがきつそう。顔や腕は濃いはちみつの色に焼けていて、見た目の怖さに拍車をかけている。 けれど、健太の問題点はこれだけじゃなくって……。 ドリンクコーナーを徘徊していた中年男性がレジに片肘を置くのに気づく。 「いらっしゃいませ」 うわ、すごい酒臭さ。確実に酔っぱらっているのだろう。 「キャスター」 キャスターというタバコの銘柄にはいくつか種類がある。パッケージは似ているのに、含まれるタールやらニコチンの量でわけられているそうだ。 「キャスターですね。どちらの番号にしましょうか?」 「は?」 「131番から134番までがキャスターですが」 うしろの棚に書かれている番号を言うと、中年男性は大きく舌打ちした。 「キャスターはキャスターだろ。いいから早くしろ!」 びっくりするほど大きな声を出した男性が、カウンターをバンと叩いた。普段怒鳴られることがないので、たまに来るこういう客にはフリーズしてしまう。 全部の銘柄を持ってきて選んでもらうしかないか……。 棚に向かおうとする私に、 「俺がやる」 ずいと健太が割りこんできた。右手に132番のタバコが持たれていた。 「こちらで?」 「あ? ああ」 急に出てきた大男にビクッとした中年男性。バーコードを読み取ると、健太は「年齢確認を」と短く言った。 「は?」 「そこ、押して」 客側から見えるレジのディスプレイを指さす。そっけない接客で有名な健太だけど、こういうときは頼りになるわけで。 事務的に会計を済ませると、中年男性は逃げるように店をあとにした。男子学生たちが大量にカゴに入れたカップ麺とビールの会計をこなすと、やっと客が途切れた。
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