――あの二人、できてる? そうクラスメイトたちが話しているのは知っていた。からかうように、本気で「できてる」なんて思わずに、気軽に笑いながら。 瑛美瑠は身長が百六十五センチあり、茶道部で、痩せている。猫のように大きな黒目がちのつり目が印象的だ。家は広い敷地に建つ日本家屋で、茶室があり、そこで同居している祖母とお茶を飲むそうだ。両親は、事情があって一緒に暮らしていない。その事情とやらが、ミステリアスな魅力をも瑛美瑠に与えている。クラスメイトも、茶道部の後輩たちも、瑛美瑠と少し話をするだけで幸福に包まれるようだった。 一方私、琴莉は、身長は百五十センチ。太ってはいないけれど、茶道部に入ったのはお菓子が食べられるから、なんて怠惰な理由だ。瑛美瑠に言わせると、「静かなリスみたいで、落ち着くの」、「あなたは愛を受けることに慣れてるから」とのことだ。よく分からないけれど、私と瑛美瑠は、クラスでも一緒に過ごすことが多く、部活も同じで、帰りも一緒に帰っていた。 「琴莉、瑛美瑠ってお世話係がいてほんとよかったね」 クラスメイトのいちかが言う。私は高校生なのに、食べ物をよく溢すし、乾燥した米粒を制服に付けたまま気づかなかったりするし、忘れ物はしょっちゅう、両親が朝早く家を出る日は起きられなくて十一時くらいに登校することもあった。 瑛美瑠は、私にモーニングコールをしてくれて、時には遠回りになるのに家まで迎えに来てくれて、学校に着くとガムテープで私の制服のゴミを取り、寝癖の残った髪を梳かしてゴムで結んだりしてくれた。授業中に寝ていると、テスト範囲や宿題を言う場面になると起こしてくれる。お昼は私の口元をティッシュでさっと拭った。そんなことを、流れるような所作で、会話しながらやってのけるから、皆いちかのようなことを言うのだった。 瑛美瑠は放課後、よく私の家に寄った。茶道部の活動は週に一回、それも二時間程度で終わるから、ほとんど帰宅部のようなものだった。 今は七月。梅雨は明け、もうすぐ夏休みがやってくる。殺人的な日差しの中、すぐに汗をかく。瑛美瑠も汗をかくけれど、涼し気で、赤信号で停まった時に薄紫色のハンカチでこめかみを押さえたりしている。 高校生のくせにクリーム色のレースの日傘を差して、時々私を中に入れてくれる。日傘の作る日影は、瑛美瑠の世界だった。 私の家に着くと、瑛美瑠の家には無いようなスーパーで売っているスナック菓子を食べ、カルピスソーダを飲みながら、まずはゲームをする。よくやるのは、ファーストパーソンシューティングゲームと呼ばれる、主人公視点で散弾銃などの武器で戦うゲームだ。正確には、私がそれをやり、瑛美瑠が時々口出しをする。瑛美瑠は読書しながら、勉強しながら、スマートフォンをいじりながら、「そこにアイテムあるんじゃない?」「ゾンビ、後ろまで来てるわよ」などと言ってくれる。 瑛美瑠は勉強か何か、やっていることがひと段落すると、例えば人差し指の背を私の頬に押し付ける。 「なあに?」 ゲームに集中していた私は、心半ばに、それでも嬉しさを隠しきれずに、そう言う。 「ほっぺたがふかふか」 そう言って瑛美瑠はふよふよと私の頬を指で押す。 くすぐったくて笑いながら、画面の中の出来事に集中しようと努力して、コントローラを操作する。 ふふ、と瑛美瑠が笑っているのが伝わる。 「宿題終わった?」 私が聞いてみる。 「終わったわよ。琴莉もやってしまったら?」 「うん、でも、ゲームが」 終わらないから。そう言って操作を続けていたら、瑛美瑠が腕を首の上から垂らしてそっと抱きしめた。わっと小さく叫んだ私は、木箱の後ろに隠れていた軍兵士に打たれて死んだ。 「ああー」 と私がコントローラを置いて哀しんでいると、瑛美瑠は悪びれず言った。 「宿題終わって、暇になったの。分かるでしょ? そんなに時間無いし」 夕方の十八時頃には、親が帰ってきてしまう。だからその前に、ということだ。それにしても、セーブまで待っていてくれたら良いのに。そう思うけれど、怒りは湧かない。分かったと言ってモニターの電源を落とした。 長い身体のしなやかな猫が、私の足元で丸まる。制服の細いリボンを引き、半袖シャツのボタンを解き、スカートのホックを外してチャックを下げる。瑛美瑠は身体に張り付く黒のコットン素材のキャミソール姿になった。パンツも黒のコットンだ。細い半円の連なるレースで縁取られている。踝までの白のソックスは、足に残したまま。私が長い髪を伝って頬のラインに手を這わせると、ぴくんと震えて目を閉じた。 震えるまつ毛を、死にかけの蝶のように思う。 ベッドに並んで座る。瑛美瑠のキャミソールの紐に指を掛けながら、右の肩甲骨の内側に唇を押し付けた。そのまま舌を這わせる。手を瑛美瑠の身体の前に回して、唇に指で触れた。瑛美瑠の口が開き、私の指が吸い込まれる。肩甲骨の間あたり一帯を舐め上げながら、口内の浅いところばかりを攪拌していると、耐えきれなくなったのか瑛美瑠の舌が伸びてきた。私は瑛美瑠の身体を反転させ、ベッドに落として肩を押し付ける。 仰向けになった瑛美瑠の、上気した顔。こんな顔、学校では想像もできない。いつだって慌ていることなくつんと澄ましている、もしくは静かに微笑んでいる、瑛美瑠。 こんな力を失くした顔。 瑛美瑠の舌が、半開きになった口の中で揺れている。 瑛美瑠の口に深く、自分の指を刺す。 「瑛美瑠は、嗚咽まできれいだね」 瑛美瑠の細かなリズムで発せられる嗚咽に、感心した。人魚が沈んでいく時に生まれる、紫色の泡玉みたい。喉奥を抉るように指を擦り付けると、喉を反らせて涙を流す。それでも、空いている両手で私の指を抜いたりしない。ゆっくりと引き抜くと、粘度の高い唾液が瑛美瑠と私を繋いだ。 窓から差す光に晒されて、きらきらと光って一滴落ちた。 「苦しかった?」 「うん」 瑛美瑠は涙目のまま、こくこくと頷く。 「どうして欲しい?」 瑛美瑠の身体の横に肘を付き、瑛美瑠を抱き寄せながら言った。私は制服を着たままだ。 「キスしてほしい」 瑛美瑠はそう言って、浅い呼吸を繰り返す。私は瑛美瑠の頭を抱いて、二人は同時に目を閉じて、キスをした。 ベッドに横になっていると、身長差を気にせずにこういうことができる。 ♯ その時、クラスメイトたちは話していた。ミスタードーナッツで、甘いドーナッツと甘いドリンクを買い、いちかを含む四人がテーブルを囲む。 「あの二人は? 今日も琴莉の家?」 「そうじゃね」 「クラスも、部活も、放課後も。ほんとずっと一緒だね」 「瑛美瑠、琴莉のどこがいいのかな。まあ、可愛らしくはあるけど、普通の子だよね」 「普通より劣等生でしょ。ていうか、未成熟? たまに、五歳児くらいに見える時ない?」 「分かる」 「そういうとこが、いいんでしょ。庇護欲をそそるっていうの?」 「瑛美瑠に彼氏でもできたら、どうなるんだろうね」 「今ほど、琴莉を構えないだろうね」 「そしたら、琴莉、どんどん汚くなっていきそう」 「ネグレクトされた子どもみたいに?」 「まあ、瑛美瑠の気まぐれでしょ。きっとそう長くは続かないよ」 「でもさ、琴莉も可愛いよね。子どもみたいなところがさ」 「赤ちゃんみたいな肌だよね。小ぶりで、ふよふよしてる」 「きっとあの出来なさが、たまらない男もいるんだろうね」 「そもそも、あの二人っていつから仲良いの?」 そして四人は、妄想を交えた二人のストーリーを話しながら、甘いドーナツを甘いドリンクで流し込んだ。 ♯ 「どうして、こういうことだけ上手なの?」 唇をゆっくり離すと、息も絶え絶えに、瑛美瑠は言った。 「分かんないよ」 勉強はできない、運動もできないから特に球技などの団体競技は苦痛でしかない。絵を描くことはまともかも知れない、歌を歌うことも好きだ。だけどその二つは、極めるには遠く、ちょっと好きくらいでは、人生で全然役に立たないことだった。 でも、こういうことが得意なら、瑛美瑠の役に立てる。。 そう思って、瑛美瑠の肩を噛みながら、パンツに手を入れた。 瑛美瑠のあそこの毛は長い。細くて、やわらかくて、濡れるとすぐにへたる。それを丁寧に指で分け、ぴったりと指を沿わせた。 瑛美瑠は私の肩を掴んで荒い呼吸を繰り返す。 ルーズ・コントロール。 この子の濡れたあそこに触れると、いつだって――。 なんで瑛美瑠はいつも濡れているんだろう。 触るとき、乾いていたことはない。いつも濡れている。 「いつから濡れてたの?」 そう瑛美瑠に聞いてみる。 「脱がせてくれた、ときから」 そう言って細かく震える。多分いきそうだ。 「ねえ、今度、学校でこんなことしたいな」 「えっ?」 「させてくれるなら、いかせてあげる」 「うん、うん、いいよ。ね、もう」 そう言ってすがるように私の胸を掴む。いいんだ。私はすぐにいけるように、細かく指を動かした。瑛美瑠は私の腕の中で震えた。どっと液体が溢れる。素早くパンツを脱がせ、私はそこに口付けて溢れる液体を吸った。いっている瑛美瑠のそこの味。 快楽が理由で、私から離れられなくなればいいのに。 この先、瑛美瑠に彼氏ができたりしても、この感覚が忘れられなくて私と会ってしまうような、そんな関係でありたい。 そう思いながら舐めた。 だめ、だめと言いながら私の頭を避けようとする瑛美瑠を阻止して、そこをずっと優しく舐め続ける。やわらかい肉とツルツルした突起。すると、連続で弱くいき続けた。初めて聞くような、理性を完全に手放した高い声を聞く。 ぐったりとした瑛美瑠を抱きしめる。頭を撫でて、「大好き」と囁いた。 「私もよ」 瑛美瑠はそう言って微笑んだ。さっきまで考えていたことが崩れ落ちていく。本当は、瑛美瑠を誰にも渡したくない。彼氏なんてできたら呪い殺す。高校を卒業したら、二人で暮らしたい。どこか女同士で結婚できる国へ行って、教会で愛を誓いたい。 瑛美瑠の「私もよ」は、どのくらいなのだろう。一生添い遂げてくれるほどの、好きはあるのだろうか。瑛美瑠を腕に抱きながら、でもこの温もりは今、確かに私の中にある。 明日もこうして、遊ぼうね。
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