どうすれば感じられるのか分からない。 でも人を好きになった。うちの病院に出入りしている、電気工事業者の笹野さん。照明や空調の不具合を直しに来てくれる。腰をぐるりと囲む工具をぶら下げて、薄緑色の作業服を着て。 「朝倉さん、作業終わったっす。また止まっちゃうかも知れないっすねー、そしたら連絡ください」 長めの茶髪に、白いタオルを巻いている。色白で、切れ長の目。高校生の頃はヤンキーだったのかも知れない。あたしのことはブスで暗そうな女だって思っているのだろう。彼女はきっと、キャバクラ嬢みたいに派手で可愛くて、話の上手な女の子だ。 仕事だから、話をしてくれる。 無理だと思う人だけど、どうしても好きで、寝ても冷めても忘れられず彼以外の人など考えられないと思った。 だから、お疲れさまですと言って一呼吸、彼を追いかけた。 「あたし、笹野さんのこと好きです」 「……あ?」 凍りついた無表情で見下げられる。 こうなるって知っていたのに、何故進んでしまったのだろう。 「あー……」 笹野さんはそういうことか、と言うように頭に巻いていたタオルを片手で解いた。 「別にいいっすよ。今彼女いないし」 その夜に、コンビニで待ち合わせして、お酒とお菓子を買ってラブホテルに行ったなんて信じられない。 ベッドサイドのソファで隣に座った。薄暗い部屋。どのくらいの間隔でお酒を飲み、お菓子を食べたら良いのか分からない。 あたしは太っている。デブではないと思うけれど、小太り。仕事中に着ているチェック柄の制服はいつもパンパンに張っている。今日はジーンズなんて穿いてきてしまって、こんなことになるならスカートにすればよかった。 幸い、下着は古くない。藍色のレース。 笹野さんをちらりと見ると、喉を逸らして缶ビールを傾けていた。隆起する喉が、すぐ隣に。何か話さなきゃ、と思った。何か話さなきゃ、話さなきゃという言葉で頭がいっぱいになる。 笹野さんは断りもせず、流れるようなスムーズさで煙草に火を点けた。 勇気を出して口を開いた。 「あの、ここまで来てこんなこと聞かれるのは面倒だと思うんですけど、何であたしと」 「あー……」 指に煙草を挟めたまま、笹野さんは俯いて考え込んだ。あたしは白いサワーを飲む。酔って緊張から解放されたい。 穴さえ空いてりゃ構わない、ってやつだったのだろう。 きっと彼女にはなれない。 「いいにおいだったから」 「え?」 笹野さんは煙草の灰を落とすと、吸って、吐いた。 「朝倉さん、なんかちょっと、いいにおいしてるでしょ。いいなって思ってた」 指先まで血が巡った。やる前だからいい雰囲気にしたいだけかも知れない。 だけど、反射で高揚した。 だってあたし、そこが唯一、自分のおしゃれだと思っていたから。毎朝、一プッシュの半分くらいの量の香水を、耳たぶの裏と鎖骨に押し当てる。今はミュウミュウだ。水色の瓶に、真紅の蓋がとってもかわいい。黄色や白の、小さな花のように可憐で品のある香りがする。自分に合うか分からないけど、今年の初めに気合いを入れて買ったものだった。 「結構、においしますか?」 「いや、すごく近付かないと分かんないんじゃねえかな。作業終了報告にサインしてもらう時とか、こう、ちょっとふわっとした」 手の中の白いお酒を一口飲むと、とろりと絡みついて甘く落ちていった。すると笹野さんの手があたしの肩に触れて、目を閉じる。 あたしはこういう経験が初めてじゃなかった。 だから自分がどうなるか、予想ができた。結果、やっぱりか、と心が沈んだ。 これじゃあたし、穴にもなれない。 「……痛いでしょ?」 そう聞く笹野さんも、きっと痛い。 あたしは全く濡れず、濡れないそこに無理やりねじ込んでようやく先端二センチほどが入ったところだった。 「あたしは、大丈夫です。でも笹野さんも、痛いですよね」 「ちょっと」 そう言って身体をくねらせてため息をついた。 「やっぱりいったん抜こう」 そう独り言のように言う笹野さんの首を掴んで引き寄せた。 耳に触れそうな距離で、あたしの唇が震えた。 「え?」 笹野さんは聞き返す。 お願いだから、伝わって。 ねえあたし、本当は不感症だから、全然濡れないの、でもこうして大好きな人と身体を繋げることは、もう信じられないくらい嬉しいの。だから離さないで。抜くなんて言わないで。あたしともうしばらくこうしていて。 あたしで、射精して。 「やめないで」 あたしは言葉にできた。 その瞬間、笹野さんが力を込めて奥に進んだ。そうしたら、最後まで入った。 ゆっくりと、往復を始める。 やめないで、やめないで。 「痛いくらいだけど、気持ちいい」 そう言って笹野さんは、ちょっと笑った。 こんなに痛いから、切れて血が出ているかも知れないね。 でもそのおかげで、さっきよりも動けるね。 数回素早く腰を打ち付けた笹野さんは、あたしのお腹に射精した。 力を抜いた笹野さんは、左右に流れてしまった小さな胸に耳を当てた。あたしの両脇に肘を付いて、顔だけを胸につける。きっと心臓の音を聞いている。そうしてしばらく、呼吸を整えていた。息の温かな湿度を感じながら、この人を好きになってよかった。 「こういうところ、よく来るんすか?」 ペットボトルの水を飲みながら、笹野さんが言った。 「え、まあ、普通かな」 あたしはとっさにゴモゴモと言う。 「そうすか。俺は初めてです」 その時、外から爆竹の爆発音がパンパンと数回聞こえた。 あたしは裸のまま、笹野さんの肩に抱きついた。肩に歯を立てる。 射精に向かう数回の往復の間。あたしは確かに、気持ちが良かった。
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