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 乙女のスマートフォンからそれぞれのモンスターに連絡を入れたが、いずれも留守電に切り替わってしまった。  しかし、一方で礼仁のスマートフォンから電話をかけるといずれの番号も手ごたえがある。  その後礼仁が知ったのは、ヤヨイ以外の人物が礼仁と乙女がでたホームの関係者であることだ。  ゴブリンは、ふたりが在園当時に園長をしていた人物で、現理事長、ケルベロスが現在の園長、そしてサキュバスがホームの系列であるクリニックの医師であったのだ。  礼仁がコールすると、いずれの人物も至極丁寧な受け答えで話をしてくれた。しかし、礼仁が天野乙女の兄であり、ホームの出身者であることを明かすなり、たちまち態度を変える。  余計な会話をしたくない、という雰囲気を醸し出しはじめ、お悔やみの言葉を述べたきりで、電話を切ろうとするのだ。すでに葬儀ではあっていたにもかかわらず、その過剰すぎる反応に、礼仁は違和感を覚えた。ただ、サキュバスだけは、乙女の遺品になにか自分に関係するものが残されていないかどうかを気にしていた。  その男の名は、ウチカケキョウスケといった。礼仁はその男に乙女との関係をきく。  すると男は端的に「婚約者です」といった。 「乙女の婚約者?」 「はい」 「じゃあ、あなたは乙女を愛していた?」  礼仁は聞いた。少し立ち入った質問だと思ったが、やっと出てきた手がかりなのだ。  しかし通話の向こう側で押し黙ったままだである。 「愛なんて、ありませんよ。それは乙女さんも同じだったと思います」  サキュバスはそう言い、電話を切った。愛なんてない。  乙女もそうだった。  だからこそ、乙女の残した記録に彼の名はなかったのだろうか。  ヤヨイはともかく、他の3人のモンスターたちはホームの関係者だった。もし乙女の退治したい存在がホームだとするなら、理解できる。  礼仁も乙女も外部から雇い入れているスタッフはともかく、管理者側とは折り合いが悪かった。現園長である男は乙女や礼仁を目の敵にしていたし、ホームのお気に入りの子どもともぶつかることが多かったためだ。  明らかに高圧的であったり体罰があったわけではないが、家族であることを強調する教育方針が礼仁は肌に合わなかった。礼仁にとっての家族というのは、ホームに行く数か月前までの、4人家族のことだ。  乙女がどう思っていたかどうかは分からないが、いずれにしても礼仁にとってホームは過去のことだ。10年は経っただろうし、乙女もまたホームを出てだいぶ経つ。  だが、彼らが乙女からの電話に出ないことを考えると、乙女との間になにかがあったと考えられる。あるいは、乙女の死に対して忌避感を抱いているのは確かなようだ。  いや、死んだ人間の携帯電話かかってくる電話を、出ないという考え方もあるだろう。乙女の携帯電話の番号が登録されていればの話だが。  いずれにしても、乙女の電話番号が彼らの電話に登録されていることは推測できるだろう。  つまり、ホームを出たあとも、乙女はホームの関係者と交流があるのだ。あまつさえ、系列のクリニックの医師と婚姻していた。彼女は、ホームとの関係をまだ続けていたらしい。  ホームからまだ続いている人物という発想に至り、礼仁がふと一人の人物を思い出した。鮎川希恵。  乙女がホームで親しくしていた少女がいた。乙女と同い年で18になり、それぞれホームから出たが、その後もしばらくは交友が続いていたときく。  大人しい乙女を引っ張っていくような気風の少女で、乙女は希恵には心を開いていたようだった。  希恵なら、乙女のことをなにか知っているかもしれない。  乙女のスマートフォンを探り、鮎川希恵の名前を探す。鮎川のア行、希恵のカ行を探しても見つからない。しかし、ホームの関係者に妙なあだ名をつけていたことを考えると、特別親しい希恵に何らかの名前を見つけていてもおかしくはない、と思う。  探してみると、「天使希恵」という名前を見つけた。  姓名としては少し珍しい。それに、希恵である。礼仁はその天使にコールしてみた。  相手は女性の声で、鮎川ですと名乗る。鮎川希恵だ、と咄嗟に思い、礼仁は天野乙女の兄です、と名乗った。  鮎川希恵さんの携帯電話でお間違えないでしょうか?と礼仁は言った。しかし、電話の主は、一瞬のためらいの間をおき、 「たしかに希恵の携帯ですが、今はわたしが引き継ぎました。希恵は昨年死んでしまったんです。わたしは希恵の姉です」  というのだった。死んでいたのかと知るや礼仁の中になにかの芽がぽっと芽吹くのを感じる。  同じだ、となんの根拠もなく思ったのだ。 「そうでしたか、お悔やみ申し上げます」  幾度となく言った言葉だったが、プライベートでは初めて口にしたように思う。 「乙女もつい最近死んだのです。自殺だといわれています。ただ、少し気になることがあって、希恵さんに伺いたいことがあったのですが。希恵さんも亡くなっていたのですね」  礼仁はこの鮎川希恵の姉に聞きたいことがあった。  ホームを出たあとで、こうして同じ出身者のその後の人生について触れることはなかった。  礼仁は職を変え、各地と転々としていたし、この町に戻ってきて遺品整理の仕事を始めるまで、他人に興味を持つことすらなかった。  人は所詮人であり、生き物である以上いつか朽ち果てるものである。  その程度の認識で生きていた。今の会社の社長に出会い、遺品に寄りそううちに、人の最期やそこに至るまでの道のりに少しづつ興味を持ち始めたのである。  鮎川希恵はどんな風に生き、どんな風に亡くなったのだろうか?希恵の姉は静かに、まるで刑の宣告をするかのように告げた。 「希恵も自殺でした。ですが、少し気になることがあり、こうして希恵の携帯電話を解約せずにいるのです。なにかヒントが舞い込んでくるのではないか、と」 「この電話は、ヒントになったのでしょうか」 「分かりません。ただ、希恵のスマートフォンに先ほど、天使乙女と表示されていました。天使ってどういうことなんでしょうね」  礼仁も思わずつばを飲み込んだ。 「こちらにも、希恵さんのことが天使希恵として登録されていました。なにか2人の間の暗号なんでしょうか。愛称なのか。ちなみに他にも変わったアドレスはありませんか?マーメイドとか、ゴブリンとか?」  ひっと静かに息を飲む声がしたあとに、グリフォン、ユニコーン、フェニックス、サキュバスならありました。と言う。  これまで何度もアドレスを確認したのだろう。すらすらと架空の生き物の名前が出てくる。 「その番号にかけてみましたか?」 「ええ。けれど、ユニコーン以外は留守電になってしまいました。ただ、別の携帯からかけたところ、繋がりましたけど」 「朝顔ホームの関係者でしたか?」 「はい」  声が跳ねあがる。にわかに興奮の色が見えた。 「ちなみに唯一つながった、ユニコーンというのはヤヨイさんという女性では?」 「ええ。その通りです。ただ、その他の人は誰もかれもまともに取り合ってくれなくて」 「希恵さんは本当に自殺なんでしょうか?」 「分かりません。自殺の前に、だんだんと元気がなくなっていったのはたしかです。わたしは希恵と週に1、2度電話で話していましたが、あまり元気がないな、と感じる日が増えていって。わたしがちょうど転職も考えていたので、希恵に声をかけてこの機会に一緒に暮らそうかと思っていたんです。そしたら、希恵が自分で薬物を服毒して亡くなったと連絡が来ました。無断欠勤が続いたため、職場の方が寮の部屋を見に行ったところ、自室で亡くなっていたそうです。希恵は寮に入っていたので、ほとんどの始末は、寮の人がしてくれたみたいですけど。遺品に指輪がなかったんですよね。結婚が決まったので、婚約指輪をもらったと言っていたのに。それでわたしは何だか変だなと思って。希恵の友人たちに色々聞いてみたんです。生前の希恵の様子とか色々。けれど、みんな言うんです。希恵が何かに悩んでいたとは思えなかったって。結婚が決まったと言っていたって。自殺した人の自殺する理由なんて、後から調べても分からないことばかりかもしれませんけど。わたしは、少し変だなって思ったんです」 「希恵さんはどこに勤めていたんですか?」 「ホームの系列の保育園に保育士として勤務していました」 「じゃあ、亡くなったのもホームの寮なんですね」 「はい」  希恵もまた、乙女と同じようにホームの系列の職場で働いていたようだ。 「希恵さんの友人というのも、職場の方が多かったですか?」 「そうですね。ほとんどがそうかもしれません。同じようにホーム出身でそのままホームに職場をお世話してもらった子が多いです。出身が似ていると、話も合うのかもしれないですよね」 「お姉さんは、違うんですか?」 「わたしはホームに合わなかったので、転園しました。ある日突然、別のところに行くように言われて、それ以降、希恵とは別々に暮らしています」 「合わなかった?」 「ご存知ないですか?ホームは内部でチェックが入るんです。特に女の子は、早いうちからそのホームに合うのかどうかを査定され、合わなければ別のホームに転園します。系列のホームがいくつかありますが、その園長の園風にあうのかどうかが大切みたいですね」 「そんなの、聞いたことがありません。なんのために、そんなことを?」  ホームは養育親に何らかの事情があった子どもを引き取り育てる場所だと聞いていた。  礼仁が入ったときは5歳で、乙女はまだ1歳にも満たなかっただろう。 「あなたは、男性だったからあまり関係なかったのでしょうし。妹さんはホームに合ったため、問題にならなかったのだと思います」 「合う?」礼仁の呟きが聞こえなかったのか、電話口の希恵の姉は、悲しい声で言った。 「なりふりを構えない子どもも、たくさんいるんですよ」  希恵の姉からグリフォン、ユニコーン、フェニックス、サキュバスの電話番号を聞いた。乙女のゴブリンが、希恵のグリフォン、乙女のケルベロスが希恵のフェニックスと一致していた。  さらに、乙女のマーメイドは、希恵のユニコーンであり、ヤヨイの番号であることも確認できる。サキュバスだけは、その名は、同じではあるものの、番号は違っていた。乙女の例を念頭におけば、希恵のサキュバスは希恵の婚約者であることが推理できる。  一応、礼仁は希恵のサキュバスに電話をかけてみた。年配の男性が出て、希恵のことを尋ねる礼仁に、「そんなビ×チのこと忘れたよ」と言う。 礼仁が希恵さんの婚約者ではありませんか?と尋ねても「そんなビ×チのことは知らない」というだけで、取りつく島はない。 諦めて電話を切る。ただ、電話の男の話を聞く限り、友人に結婚を決まったと話をしたいと思える男性ではないことが確かだ。ぐっと溜飲があがった礼仁は、5本目のエナジードリングを空ける。  乙女も希恵も、同じようなニックネームで一部の人間のことを読んでいたことは、単にふたりの親愛を深めるためのものだったのだろうか?何かほかに意味があるのだろうか?  いずれにしても、ふたりのなかで、共通して登録されているのがホームの理事長や園長である以上、ふたりは園に対する何らかの思いを抱えていたのは間違いないだろう。  例えば、単に彼らを揶揄するていどのことだとしても。

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