車轍のロゼット~4人の死者とゲーム罪の乙女・29日間の刑期~
車轍のロゼット③~シャッフルクエストとモンスターたち~

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 シャッフルクエストは一見すると、よくある協力プレイのアクションアドベンチャーゲームだ。グラフィック面はそれほど優れているとは思えないが、最低限のグラフィックを担保している。  キャラクターの動きは滑らかだし、操作性もいい。暇つぶしくらいにはなるゲームだ、と礼仁は思う。  乙女の作っていたキャラクターは「シリアルスーサイド」というキャラクターで、あまり穏やかな名前ではない。 だが、見た目は花をまとった妖精のような姿で、そのミスマッチが乙女らしいといえば乙女らしいかもしれない。 オンラインゲームをあまりしたことがない礼仁は、まずさまざまなボタンを押してみて、一通りの機能を確認してみる。  クエストの進行具合やキャラクターのパラメータを確認した。乙女はモンスター退治のクエストをたくさんクリアしていること、そして見慣れないパラメータである、願いレベルというものがあることを確認するのに留める。  どうやら、このゲームでは、願いレベルの高いキャラクターはシャッフルを起こすことができるというシステムがあるようだ。公式HPの情報で仕入れた知識だが、レベルも今までのクエスト達成度もすべてシャフルされる。  このシャッフルがこのゲームの一番の見どころのようだ。今までのプレイが無駄になるようなイベントを楽しみにプレイするプレイヤーは被虐趣味か?と礼仁は思うが、乙女は現にシャッフルを楽しみにしていたようである。  フレンドの「めぐめぐ」と「3月魚」というキャラクターにはメッセージのログに「シャッフル来い!」と打っていた。  シリアルスーサイドがログインしたことに気づいた他のプレイヤーが続々とクエストに誘いに来る。 「シリアルスーサイドさん、久しぶりですね、またモンスター退治しましょうよ」と誘うものもいれば、「シャッフル起こさないでくださいね」とシャッフルをとめてくる者もいる。乙女はゲームの世界でのびのびと活動していたようだ。  ふと乙女のクエストの一覧を見て、礼仁は先ほどのモンスターの名前を見つける。 ケルベロス、ゴブリン、サキュバス、マーメイド。  乙女のこのゲームの中でそのモンスターを退治していた。つまり、乙女はアドレス帳とゲームの中のモンスターをリンクさせていることになる。退治するほどのモンスターの名前をアドレス帳に登録し、一人間の名前をして使っているということは、その人物はゲームの中のように退治したい人だと考えることもできそうだ。  クエストの参加者一覧を見ていくと、フレンドのめぐめぐと3月魚が必ず参加していた。ゲーム内で親しい友人というのが、この2人なのかもしれない。  すべて勝手な推理に過ぎないが、乙女は直接的な犯行をしない代わりに、別の方法で抑圧を解放するところがあった。ホームで乙女に対してひどいいじめをしてくるメンバーがいたときには、相手にひどいあだ名をつけて呼んでいたのを礼仁は覚えている。  決して表立って攻撃はしないが、確実に自分の思いは形にするのが、乙女のやり方だ。この4体のモンスターは乙女にとって、かつてホームで自分をいじめていたメンバーと同じなのかもしれない。  礼仁は乙女のスマートフォンのアドレスから4体のモンスターの電話番号やメールアドレスを見つけ出し、自分のスマートフォンにデータを移しておく。  自分が何を求めて行動しているのか分からない。  乙女はすでに骨になっているし、自殺として処理されているのだ。この先でなにかが分かったとしても、世間的には何一つ変わらない。ただ、1人の女性が世をはかなんで死んでしまった。悲しいけれど、よくある話のひとつだ。 そんな人の遺品を整理したことは、一度や二度じゃない。だが、確実に違うのは、これは仕事ではないということだ。クライアントもいなければ、利害関係のある人物もいない。  乙女のことを理解したい。  それだけの理由で行う、礼仁自身のための遺品整理なのである。一服するために、礼仁は3本目のエナジードリンクを口にした。         ※ 「わたしの背中には目のようなタトゥがある。これはわたしが生まれながらに天邪鬼を宿している証だ。天邪鬼を宿しているものは、必ず天邪鬼と結ばれなければならない。 そして天邪鬼と結ばれたとき、わたしは死ぬのだ。天邪鬼の持っている毒が作用するから。 天邪鬼を自分の身体から引きはがすことはとても難しいけれど、ただひとつだけ方法があるらしい。 天邪鬼が選んだ騎士を自分の身代わりにする方法だ。天邪鬼を生んだ宇宙樹は、わたしの夫候補として何人かの騎士を選んでいる。騎士たちは宇宙樹の胞子を吸い込んでしまっているため、体内に毒を持っている。しばらくすると騎士たちは毒によって死んでしまう。 毒には天邪鬼の欲する栄養分が含まれているため、死ぬときには天邪鬼と心中することになるのだ。 解毒するためにはわたしの血液が必要なのだ。わたしが天邪鬼と結ばれれば、宇宙樹は毒の効果を失う。宇宙樹が天邪鬼を生み、騎士を選んだときから、わたしか騎士かのいずれかが死ぬことは決まっていたのだ。 そのことによって、わたしは騎士たちから死を望まれるようになった。同時にわたし自身にも決断が要求されることとなる。自分の死か、身代わりになる誰かの死か」  乙女のノートに書かれていた小説の冒頭だ。  癖のないととのった筆致で、たんたんと綴られている物語はノート3冊に及んでいた。  主人公の「わたし」は2人の騎士を連れて、「秘密の村」を出て「ゲンダイシャカイ」へと行く。そして残りの騎士との接触をはかり、解毒するかその騎士を自分の身代わりにするかどうかを決めるというストーリーだ。  すべてを読むのは骨が折れたが、無駄な描写を省き、物語はぐいぐいと進んでいく。「わたし」は最期のひとりになるまで、解毒をしていった。物語のひとつの真実として、騎士たちはどうやら「わたし」と血の繋がっている兄弟であるということが分かっていく。  天邪鬼は最後の一人は、秘密の村から一緒に同行した騎士だ。だが、そこで物語は終わっていた。書きかけのまま断筆されている。この物語に乙女が何かのメッセージを込めていたとは礼仁は思えなかった。ただ、唯一気になったのは、目のようなタトゥのことと天邪鬼との婚姻のことだ。  ホームで暮らしていたとき、ひどい悪戯により、乙女は背中に傷をつけられたことがある。目の形の焼きごてを当てられ、火傷したのだ。乙女は詳しく話したがらなかったが、傷がまるで目のようなあとになってしまったことを礼仁は聞いていた。  乙女はこの物語に自分の傷を重ねていたのだろうか?何の証拠もないが、礼仁はふと思った。  もしもその考えを膨らませるなら、乙女は誰かを身代わりに見捨てるか、自分が死ぬのかを迷っていたことになる。  とはいえ、物語をその人自身と重ね合わせるのは、ナンセンスだとも思う。  犯罪小説を書いている人間がみんな犯罪を犯しているわけじゃない。この物語が乙女そのものだと誤解するのは、乙女の生前、自分が乙女のことをそれほど知らなかったことを証明する以外のなにものでもない。  そして天邪鬼との婚姻。  乙女も結婚を控えていたという。  部屋や日記、スマートフォンを見るかぎり、結婚相手に関する記述はひとつも見当たらない。メッセージアプリもSNSのアプリもすべて削除されており、生前の交友関係につながる手掛かりがひとつもないのだ。  ヤヨイが嘘をついていたのだろうか?乙女の生前の様子を知っている人物に話を聞ければ一番だ。  メールボックスの送受信にも乙女が生きていたときのメールが一通をもなく、死後礼仁の手元にわたったあとで、受信されたメールマガジンのみが残っている。  乙女がすべて消去していた。痕跡を残さずに自殺した。  しっかりと準備をした。そうとらえることが順当である。  しかし、ではなぜ乙女はこの小説を残したのだろう?  しっかり準備したのであれば、もしも片づけてから死のうとするのではないだろうか。こうした創作物や隠しているゲームをしっかりと処分してから死ぬのではないだろうか。  いや、心の病を患っている者は、とっさに死を選ぶことだってある。乙女が自殺ではなかったという証拠にはならない。  礼仁は考えた末に、モンスターの名前をあてがわれている人物たちにコンタクトを取ることにした。彼らが乙女の死を知っているのかどうかだけでも、たしかめておこうと思ったのだ。  しかしその前にエネルギーを補給する。4本目のエナジードリンクのタブを起こした。

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