鮮やかに、色を残して
無気力な自分(4)

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「なんで?」  高校に進学して、春沢さんを見かけたのは今日が初めてだった。声をかけられたことだって一度もなかった。そりゃそうか。男子が苦手なら声をかけられないのは納得だ。でも今日声をかけられた。しかも、別人のようで。 「なんでいきなりそんなこと言うの?」  偶然、久しぶりに元クラスメイトに会って懐かしさついでに勢いで言ったとか? それとも俺が傷ついてると思って? 同情して? 「鹿野くん。ずっとサッカーばっかりしてたから、街に遊びに行くなんてしたことないでしょ?」  街に遊びに……いや、そりゃたしかに。 「……ない、けど」 「だったら、この際だから遊ぼうよ! 最近はね、いろんなお店できて一日中遊べちゃうところだってできたんだから!」  ここぞとばかりに俺に詰め寄ると、目をキラキラと輝かせる。 「や、べつに冬休み遊ぶつもりないし……」 「そんなのもったいないよ! せっかくの冬休みなんだから楽しまなきゃ損だよ!」  母が亡くなって、四ヶ月。楽しむって感情は、俺からいなくなった。ずっと後悔と悲しみに苛まれている。 「楽しむとか、どうでもいいよ」  俺にとって人生は、終わったも同然。大切な家族を失い、大好きなサッカーも手放した俺には、何ひとつ残されていない。無気力に、ひたすら時間が過ぎるのを待つのみだ。 「サッカー辞めたからって、そういう投げやりみたいなのよくないよ! 人生全てがサッカーだけじゃないんだから」  春沢さんには言っていない。母が亡くなったことを。だから、俺が元気ないのは、サッカーを辞めたせいだと思ってる。 「…………」  べつに言い訳をするつもりもないし、訂正するつもりもない。勝手に誤解しておけばいいんだ。 「そりゃあね、生きてたら嫌なこといっぱいあるよ。人生だもん。嫌なことなんてあって当然だよ。でも……生きることまで諦めるのは、ダメだと思う」  しゃべることも食べることも息を吸うことも生きることも。全てが面倒くさくてたまらない。 「俺、死にたいとは言ってないよ」 「私にはそう言ってるみたいに聞こえるんだもん!」 「……ああ、そう」  俺って周りから見たらそんなふうに見えてるのかな。無気力だから、そう見えて当然なのかな。  でも、そうだ。生きていてこんなにつらいなら……と考えた方が楽だ。 「だからね、鹿野くん。私と冬休み遊び尽くそう!」 「……嫌だって言ったら」 「鹿野くんが承諾してくれるまで諦めない。家にまで押しかける」  まるで脅迫めいたその言葉に、何も言い返せずにいると。 「だから、諦めて私と一緒に冬休み遊び尽くそうよ」  しぶとく粘って、詰め寄ってくる。  まるでそれは、ダンプカーのように突っ込んでくる。 「絶対に楽しいから!」  と、笑う彼女はやっぱり俺の知らない人だ。中学の頃と大違い。別人だ。  中学のときだって会話したのは数回程度で、記憶に残ることなんてほとんどなかった。春沢さんは、男子が苦手だと聞いたことがある。だから俺もわざわざ声をかけることもしなかったし、ほんとにあいさつ程度だった。男子に話しかけられても、顔を俯かせてすぐに逃げるような女子だった。でも、可愛いから人気はあったことだけは覚えている。  控えめでおとなしい子だった彼女が、前向きで明るい女の子になっている。卒業してからの間に、一体何があったのだろう。 「私が鹿野くんを笑わせてみせる!」  この世界に絶望しているから、楽しいも笑いも、俺には必要ない。  遊びたくもない。遊ぶのは面倒くさいから。無駄なことはしたくない。体力を使いたくない。そもそも気力がないから、遊ぶ体力だってない。  でも、家にいたくはない。 母がいないことを突きつけられてしまうから。  それを認めたくない。もうこの世界にいないなんて信じられなくて。  どちらを選ぶのが、得策なのか。考えたらすぐに答えは見つかった。だったら。 「……分かった。いいよ」  春沢さんと一緒にいる方が苦しまずに済むかもしれないと思った。少しでも家から離れられるのならそれでいい。現実を見なくて済むならそれで。 「え、ほんとに……?」 「うん」 「ほんとにほんとにいいの?」  さっきまでの勢いはどこかへ飛んで、俺が承諾をしたらしたで確認するってどういうことだろう。 「……まあ、仕方なくだけど」  楽しい気持ちにはなれない。冬休みだって待ち遠しくもない。必要ない。早く終わってしまえばいい。でも冬休みが終わったら今度は学校が待ってる。学校だって行きたくもない。クラスメイトにも会いたくないし、元チームメイトにだって顔を合わせたくもない。 「よかった」  春沢さんの提案を受け入れたのは、妥協だ。 「じゃあ、連絡先交換してもらってもいい?」 「うん、いいけど」  ポケットからスマホを取り出して、メッセージアプリのIDを交換した。友達通知のところに〝香澄〟と追加されていた。 「あっ、鹿野くんのホーム画面サッカーボールだね」  と、叫ぶから、そういえばまだ変えてなかった……と思い出す。 「今日変えようと思ってた」  スマホをポケットに押し込んだ。 「変えなくてもいいのに」  きっと、俺と春沢さんは住む世界が違う。中学時代とは性格が違うのは、もしかしたら高校生活が楽しいからかもしれない。  心の奥で、じわりと嫉妬心が滲んだ。 「じゃあ俺、そろそろ帰るから」  帰宅を急いでいるわけでもないのに、そんな言葉が口から出たのは、早くひとりになりたかったから。  楽しそうな人を見ていると、悔しくなる。苦しくなる。 「あっ、ちょっと待って……!」  背後で引き止められる。  だから俺は、一度立ち止まって「なに?」と振り返る。 「……あ、ううん。何でもない。連絡するね」  のどの奥に物が詰まったような言い方をしたあと、何事もなかったように笑うから。俺も気づかないフリをして。「うん、分かった」とだけ返事をして、また足を進めた。

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