鮮やかに、色を残して
無気力な自分(5)

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 それから適当に街を歩いて時間を潰したあと、家に帰った。  風呂から上がって夕飯を食べ終えたとき、父が帰って来た。 「ただいま。もう飯食べたのか。弁当買って来たんだが間に合わなかったな」  ネクタイを緩めながら、もう片方の手で弁当が入っている袋を掲げて見せた父。 「俺もう子供じゃないから自分のことは自分でできるから大丈夫」  父は、まだ俺のことを子供だと思っているのか。それとも母を亡くした悲しみから立ち直れていないと心配なのか。 「そうか。それもそうだな」  眉を下げて、力なく笑った父は、コートを脱いでソファにかけると、弁当をひとつだけ温め始める。 「じゃあ俺」  部屋に戻る、と言おうとしたら。 「そういえば光希。最近、帰りが早いな。部活が早く終わってるのか?」  何の脈絡もなく父が尋ねる。  俺は、どきりとした。 「あー、あれか。冬になると日が沈むのが早くなるもんな。それで終わるのが早くなってるのか」  何も答えない俺をよそに、父は自分で答えを見つけると勝手に納得をしだす。  ピー。ちょうど、レンジの音が鳴り、弁当を取り出す父。  勝手に誤解してた方が都合がいい。そのままにしていたらいい。それなのに何を思ったのか、俺は。 「辞めたんだ、部活」  答えてしまった。 「部活って……サッカーをか?」  すると、父はレンジから弁当を取るのを忘れてキッチンから俺を見た。驚いた顔で。  うん、と答えると、「なんでだ」と当然のように質問が返ってきた。  何で、何で、と何人に言われただろう。聞かれただろう。  その言葉はもう聞き飽きた。 「……べつに。もういいかなって思っただけ」  淡々と答えた。  けれど、父はそれを聞いて納得できなかったのか。 「ほんとにそれだけなのか。もし何か理由があるなら……」  と、辞めたのを引き止めようとするから。 「ほんとにそれだけ。べつに理由とかないよ」  母なら俺の嘘に気づくかもしれない。  でも、父は別だ。 「そうか」  どうやら納得してくれたみたいだ。 「じゃあ、それだけ」  俺は逃げるように自室に戻った。  けれど自室の中はサッカー関連の記事や本、スパイクが飾られていて。憧れているサッカー選手のポスターだらけだった。退部届を提出したのに、まだ未練を断ち切れていないようで。 「こんなの、いらないよ」  ビリっとポスターを破り、ゴミ箱へ捨てる。そして、スパイクに視線が落ちる。  ──『光希、高校入学のお祝いに』  母が俺を驚かせようとサプライズをしてくれた。あの日の出来事が急速に手繰り寄せられる。頭の中で何度も何度も母の声がこだます。母の喜んだ顔が瞼の内側に焼き付いている。忘れたくても忘れられない。  でも、だからこそ、俺はスパイクを、未練を断ち切るようにゴミ箱の中に押し込んだ。  それから眠る前に、春沢さんからのメッセージが届く。 【明日、修了式が終わったあと春日井駅に来てね!】  というものだった。  さっき約束をしたばかりだけれど、会う気にもなれなくなった。やっぱり無理だと思った。こんな気持ちのまま人になんて会いたくもない。  だから俺は、そのメッセージを既読しただけで返事を送ることはしなかった。  

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