「ねぇ、拓人ってさ、出会った頃からずっとメガネだよね?」 リビングの食卓で、もそもそとピザを食べながら、虹子が不意に言った。 「うん。中学の頃から急に視力が落ちてさ、そこからずっと。まあ、両親二人ともメガネだし、遺伝なのかも。視力って遺伝するから」 「そうじゃなくて、コンタクトにしようと思ったことってないの?」 「……ないなあ」 「えー変なの。普通考えない?」 「俺さ、コンタクト怖いんだよ」 「え? 怖い?」 「目の中に異物が入ってる感じが。あと眼球触らなくちゃいけないじゃん。ダメなんだよ」 「あーそういう人いるよね。じゃあさ、天然のにしてみたら?」 「え?」 「私の友達にも、最初は天然ので慣らして、そこから人工の物にスライドした人いたよ」 「天然の? コンタクト?」 「そうだよ。え、ごめん、まさかと思うけどさ、知らないの?」 虹子は、なんでそんな事を? ということをよく知っている。歳は拓人より三つ下だが、面白そうな出来事に対するアンテナが高いのだろう。クロワッサンの雑学なども、調べて教えてくれるというより、自然な会話の流れで出てくる。 逆に拓人は、いわゆる一流と呼ばれる大学を卒業していて、色んな知識があるように見られるのだが、実は常識的な部分がごそっと抜け落ちていた。なので「出た! 拓人の意外な常識知らず!」的なやり取りが、二人の間では頻繁に発生する。 「知らなかったけど……、天然物ってことは、高いんじゃないの?」 拓人は自分が知らないことを認めた上で、話を進めることにした。 「そこは、大丈夫。元はと言えば私のせいなんだし、それに拓人、今週末が誕生日じゃん。私がプレゼントするよ」 「悪いよ」 「いいの。拓人ってさ、メガネ外したほうがイケメン度が上がるって、自分で気付いてないでしょ。これを機会にコンタクトデビューしようよ!」 煮え切らない拓人を余所に、話は虹子のペースで進んだ。最終的に、 「そもそも、拓人って名前に、すでにコンタクトの一部入ってんじゃん」 という無理矢理な理屈で、拓人は押し切られた。
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