かなしみの向こう側
天然コンタクトレンズを巡る旅 10

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 知らない文化には知らないルールがある。とはいえ釈然としない気持ちを抱きながら、拓人はメスの小夢宅玉をそっと砂の中に押し戻した。  それから二時間、ただ黙々と玉獲りに勤しんだ。さっき暴言を吐かれてからというもの、拓人は玉女に何も聞くことは出来ず、いつになったら終わるんだろうということばかり考えている。  一方で虹子は、先ほどの拓人と同じようにお婆さんのことを「玉女さん」と呼んでしまい、案の定「殺すぞ!!」と返されたが、「はーい殺されまーす。できれば爆死でー。で、この玉ってー」と全く意に介さず、ニコニコ作業を続けている。  四月の太陽が、湖面に反射していた。拓人は、あまり見たことのない虹子の一面を見た気がして、付き合い始めて五年、果たして俺は虹子の何を知っているのだろう、と、さっきよりも強く不安を感じ始めた。 「終了ーっ!!」  突然の玉女の嗄れた声が、漁の終わりを告げた。  拓人は背後に散らばっている小夢宅玉を少し誇らしげな気分で見て、それらを一箇所に集め、ビニール袋に入れた。しわしわにふやけた指で数えてみると、百個近くはある。  初めてとはいえ、自分一人でこれだけ収穫できたことの達成感に浸っていると、 「わ、すごいじゃん! 上出来上出来!」  と、虹子が半透明のポリ袋いっぱいに入った小夢宅玉を肩に担いで立っていた。よっこらせと言いながら、拓人の目の前にドサッと置く。二千はある。 「私、今の仕事クビになったら、玉女として生きていこうかな、ふふっ」  虹子は爽やかに笑っていたが、笑えない量にひいてしまった拓人は「それがいい」と返すのが精一杯だった。 「あんた、よう獲ったのお!」  虹子と同じくらいの量の玉をポリ袋に入れた玉女が、近づいて来た。そして虹子のポリ袋に入った玉を無造作に手に取り、ふんふんと頷いた。ひとしきり確かめ終えると、今度は拓人の獲った玉を手に取り、ふんふんと頷き、 「これは丸しじみでーす。味噌汁に入れたら抜群に美味いけど、今日はいりませーん!」  と言うや否や、ジャラジャラジャラーッと湖に戻してしまった。  拓人はその場に呆然と立ち尽くし、湖から続く日本海へと目を移した。  日本海の先にあるロシアの、穴を掘っては土をまた穴に戻すという拷問を思い浮かべていた。

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