たどり着いたそこは、日本海まで二㎞という距離にある小夢宅湖だった。 広域地図には載っていないくらいの小さなその湖は、いわゆる汽水湖という、海水と淡水の入り混じった特殊な湖だ。八十年くらい前には、毎日ここでコンタクト漁が行われていたが、科学と医学の発展によって人工コンタクトが盛んになり、ほとんどの業者は廃業してしまったという。 今ではここに来る客のほとんどが、観光目的のようだ。拓人たちより先にここに着いた客たちも、湖畔で写真を撮ったりして、時間を過ごしている。 円周一㎞ばかりの小さな湖の先には、広大な日本海が広がっていた。振り返ると山々が連なり、海、山、湖が一所から望める。このまま日が暮れるまで、のんびりと日光浴をしたり、持ってきたおにぎりを食べたり、虹子と写真を撮り合ったりしても、それはそれで悪くないかなとも思える景色の良さだ。 「そしたら早速始めようかえ。あんたら、熊手は持ってきたかの?」 お婆さんは相変わらずまっすぐ下を向いたまま、二人に話しかけてきた。頭頂部をこちらに向けているので、つむじが喋っているようにも思える。手にはところどころ塗装の剥げた、赤茶色の熊手が握られている。 「はい!! もちろん!!」 虹子はリュックから二つの熊手を取り出し、空中で小さく掻いてみせた。昨日駅前の100均で買った緑色のとピンク色のやつだ。 「それでええ。そしたらよおく見とけよ」 言うなりお婆さんは、湖に向かって猛然と走り出した。砂浜と湖のちょうど境目あたりで前転するような形で前のめりになり、ぱたと膝と手で体を支えた。おでこがぎり水に浸かるか浸からないかくらいの位置にある。 どうやら湖面きわきわから、中の砂を覗いているようだ。 「やあ、今日は天気もいいから、うじゃうじゃおるわい!」 老婆は左手に持った熊手で砂を掻いては、右手で摘んだものを背後にポンポンと放り出した。 砂浜に落ちたそれに近づいてみると、白色や灰色の筋の入った褐色の丸い玉だ。ビー玉くらいのサイズのものから、みかん大のものまである。欠けた玉も紛れており、拾って見てみると、割れた玉の中にコンタクトレンズが入っていた。陽にかざすとキラリと光った。 「天然のコンタクト初めて見たよ!!」 興奮する拓人に、次々と玉を放り出し続けるお婆さんが「それはもう死んでるやつじゃから捨てー」と言った。 死んでるやつ? じゃあ他のは生きてるのか? どの部分が? と首をひねる拓人に、虹子が優しい口調で言った。 「貝の一種なのよ」 「貝?」 「そう。まあ厳密には小夢宅玉って言って、生きた玉なんだけどね」 「生きた玉……、天然のコンタクトは、生きている……」
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