かなしみの向こう側
天然コンタクトレンズを巡る旅 5

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 早朝に家を出たのだが、氷見駅に降り立ったときには、もう十一時になっていた。そこからさらに四十分ほどバスに揺られる。 「あー! やっと着いたー!!」 「まさに田舎って感じだなあ」  ようやくの到着に、気分が解放感に満ちた。 「あ、見て」  村の役場の入り口に、「ようこそコンタクトレンズ発祥の村へ!」という横断幕が貼ってある。だいぶ昔のものなのか、白の布が日に焼け、うっすら茶ばんでいる。 「うわー。懐かしいー」 「え? 来たことあるの?」 「あ、うん。大学の卒業旅行で一度カラコン作りに来たんだよ」 「……そうだったんだ」  虹子はその時のことを思い出しているのか、「はー」とか「わー」とか声を漏らしながら、山と木しかない景色を写真に収めている。  村役場に近付くと、横断幕の左下に掲示板があるのがわかった。そこには天然コンタクト漁場までのルートが貼ってあるようだ。  【ここから徒歩で二時間】  ひび割れメガネのブリッジ部分を人差し指でグッと押し込み、拓人は掲示板をもう一度睨んだ。だけどそこにはやはり、徒歩で二時間、と書いてある。もうすぐお昼でお腹も空くなか、さらに二時間も歩かなければならないのだろうか……。  村役場は木造の建物で、中にはレクリエーション広場や、多目的室や、こじんまりとしたホールもあるようだ。入り口から入ってすぐの受付に、二人は向かった。 「……誰もいないな」 「そうね。そろそろお昼時だから、きっと奥にいるんじゃない?」 「すみませーん」  拓人が奥の方に向かって呼びかけたが、何の反応もない。 「おかしいなー。今日伺うって電話で予約したのに」  虹子は入り口に並べてあったスリッパに履き替え、受付から事務室へと続くドアを開け、勝手に中に入っていった。 「すみませーん! 今日予約した菅野ですー」  その時、外からドドドドドド! と、次第に大きくなる音が聞こえた。振り返ると、轟音と共に、真っ赤なスポーツカーが、村役場の玄関前に、ギャギャギャギャギャン! とドリフトしながら停車した。さっきまでのしんとした長閑な風景画を、キャンバスごとビリビリに引き裂いたかのようだ。そして何事もなかったかのように、しんとした風景画に戻る。  風景画の真ん中には、真っ赤なアメ車が鎮座していた。停車した車の運転席から、腰の曲がった老婆が出てきた。

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