もしも時計の針が優しい嘘を覚えたのなら、世の中は魔法みたいな奇跡で溢れるかもしれない。 この時が止まってしまえば良いとチョコレートみたいに甘い夢を描いている恋人達には、ほんの少しだけ時計の針を止めてあげたり。 まだ眠れない、まだ眠れないと時計の針を見て夜な夜な不安にかられている不眠症の人のためには、時を遅く進めて安眠を誘ったり。 そんな魔法をかけてくれる力が、時計の針の嘘にはあると思う。 けれども私がそう話すと、妖精さんはこう言うのだ。 「どんなに優しい嘘でも、きっとその嘘による犠牲はあるはずだよ。 例えば、朝寝坊をしてしまった人の家の時計が優しい嘘をついたとしよう。本当は6時に起きなくちゃいけないところを、その人は8時に目覚めてしまった。しかし時計はその人のために、朝の6時を指し示す。時計を見た人は6時に起きることができたと思っているから、いつも通りに準備を始めて出勤をするよね。 けれども会社に到着してみると、8時半だと思っていた時計は10時半を示しているんだ。寝坊した人は無断で遅くなってしまい、上司に叱咤されてしまうかもしれない。 寝坊した人は、時計の優しい嘘によって救われたかな?」 そんないじわるを言うものだから、私は少しだけムキになって返すのだ。 「でも、会社の時計も優しい嘘をついてくれたら良いんじゃない? その人が到着した時だけ、8時半を指し示してくれるとか。」 「そうだね、そうすれば遅刻したことにはならないかもしれない。 でも、きちんと定時に出社して働いていた人たちにとってはどうだろう? 二時間働いた後でたまたま時計を確認したところ、まだ出社した時と同じ時刻だったとしたら。 優しい嘘は、誰に対しても優しいとは限らない、ということになるね。」 妖精さんは考えるように、独り言のようにつぶやいた。 妖精さんは妖精みたいに地に足が着いていないような性格をしているのにも関わらず、時間に関してはいつもこんな風にシビアなのだ。 「でも時計が嘘をついてくれなかったら、寝坊した人は慌てて家から飛び出して、会社に行く途中で事故にあっていたかもしれないよ。そうなった場合、時計の嘘によってその人は救われることになる。」 妖精さんはムキになった私の顔をしっかりと見て、それから優しく微笑んだ。 「そうだね。その場合は優しい嘘が正義だったと言わざるを得ない。 でも、時間は常に誠実でなければならない、と僕は思うよ。誰に対しても平等に流れるもの。そういうものが世の中に一つくらいあった方が良い。」 妖精さんは、時間に関してはいつもシビアで、そして誰よりも誠実だった。 私は妖精さんにこそ、ゆっくり、ゆっくりと進む時計の針の嘘をプレゼントしたいと心から思っていたのに。 他人より三倍の早さで進む妖精さんの中の時計が、私と同じ速度で進んでくれるように祈っていたのに。
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