その日「犬飼ってるんだ」と言ってきてくれたのは花森だけだった。
「俺も子供の頃飼っててね」と、彼は真新しい生徒手帳から写真を取り出した。ひと昔前の学生みたいなことをする。
「古い写真だけど。なぜか最近やけに夢に出てくるんだよね」
見ると大きな柴犬の両隣に子供がいる。二人して犬と肩を組み、カメラ目線で笑っている。
「でっかいでしょ。でも今見ると小さいんだろうなあ。なんか兄貴みたいな奴だったけど、だんだん父親みたく思えてきてね。まあ俺の話はいいや」
いや、と僕はなおも写真を覗き込んだ。人の話を聞いている方が楽でいい。それに、犬がしかめ面をしているのが気になった。