神の微睡み
その2

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        1  北川健一は暗闇の中で瞑想していた。自分の生と死を、そして世界の破滅を瞑想していた。彼は悪性の癌であり、残された時間が限られていた。その時間で世界の謎を解明しなければならなかった。その謎は物質を無限小まで砕いても究明することが出来ないのは理解していた。存在と無の間には決して乗り越えられない壁があった。彼は存在というものを幻と考えていた。無が生んだ幻以外の何物でもないと思っていた。その幻の世界を漂う幻影が自己だと自覚していた。ただ彼はその自己が存在する理由を知りたかった。彼は彷徨いの巡礼をした。迫りくる死への恐怖は微塵もなかった。死は本来の無へ還る過程に過ぎないと思っていた。  彼は現実世界で異邦人であった。幻でしかない現実があたかも真に存在するかのように人々は生きていた。存在の亡霊を科学という武器で研究しつくそうとした。だがそれは必然的に壁にぶち当たった。人は物質を無から創造することが出来なかった。無について研究する学問はことごとく行き詰った。だが人の死は常に彼らの傍にあり彼らを苦しめた。無と死は似ているが違う。しかし人々は人の死に、無を考えざるを得なかった。せいぜい八十年で死ぬ人間は子を産み、孫を得た。だがその子供も孫も必ず死ぬ。大災害は人間自体を滅ぼすだろう。死は彼らと共にあった。一握りでしかない自殺者を除いて彼らは生きようとした。必ず挫折することがあらかじめ決まっている生を生きようとした。  北川健一はある小説投稿サイトで佐藤隆史という男と巡り合った。佐藤の抱く「この世の死」への願望は並外れていた。彼の思想は夢想に溢れていた。現実化することは決してないと思えたが、全否定するのも間違っていると思った。彼自身が主人公だった。  これから先は佐藤の書いた物語である。

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