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 ここは「東京都」という住所で始まれど、首都と陸続きにはない東京の一つの果ての島。高速船で三時間、ゆっくり行けば十時間という距離にある神津島。その島のさらに奥地にある神社の一角。  神社といってもほとんど人の寄り付かない、観光地図には載っていない古びて萎びた場所である。地元民ですら忘れられつつある理由の一つは、神社に辿り着くためには道路脇から長い階段を登る必要があるからだろう。さらに悪いことに、階段の入口となる苔の生えた鳥居は成長した草木に埋もれつつあり、注意深く気にしなければ見つけにくい。入口からしてそんな状況であるから、社へと続く長い階段の両脇の草木も巨大に成長しており、歩くのもやっとという具合である。加えていえば、登った先にある社を形作る木々は所々壊れかけており、もはや荒地さながらと言っても過言ではないだろう。 「アキはさ、こんなところだけで観れるチャンネルが存在するってこと自体がおかしいって言ってるの。言ってる意味がわかる? ミケ」 「ナッちゃんの言う通り。わざわざこの神社の社付近に近付かないと表示されないチャンネルなんて、明かに裏がありそうじゃない。こんな島の僻地も僻地に表示させるなんて、何か特別な理由があるに決まってるのよ」  ナツとアキの神楽屋姉妹の総攻撃を受けて、ミケがたじろぐ。  かの姉妹は見た目こそ似ているのだが、性格は真逆だ。そのわりに何かと一緒に行動をしており、血の繋がりというものを抜きにしても相性が良いようだ。姉である神楽屋那津——親族からはナッちゃんの愛称で親しまれている——の行動的でとにかく動いてしまう部分を、妹である神楽屋有紀——ユキとよく間違えられるがアキと読む——の思考的な部分が補完し、一方で、アキの消極さをナツの積極さが補完するという見事な関係を描いているからなのかもしれない。  その二人の女子に降り回らされているのが、ナツの幼馴染であり同級生の御影坂波留——「みかけざか」という苗字から文字って「ミケ」と呼ばれる——である。どうにも神楽屋姉妹の勢いに呑まれがちなところがあるが、そんな彼がふと目に留まった言葉を口にした。 「それにしても、なんか古臭い格好をしたアナウンサーだよね」 「男巫って言うのかな? この格好」  なんだかんだと言いながらもアキも「神様ニュース速報」を流し見していたようだ。 「なんだよ、お前観てんじゃん」 「ミケ。お前って言わないでって言ったよね?」 「うっ……」 「それにボクは『観ない』なんて口に出していった?」 「うぐっ……」 「ミケ。こういう時にはなんて言うの?」 「……ごめん」 「ごめん?」 「なさい……」 「よろしい」  いつもこのような調子で小学二年生であるアキに口で負けてしまうミケである。だが、これはミケに限ったことではない。アキに弁で敵う者は、この神津島の小学校を見渡しても誰一人として存在しないと言えるだろう。先日もアキの学年主任と言い争いになり、最終的に学年主任に「アキ様が正しいです」と言わしめた人物である。  そんなアキとミケのバトルを横目に、ナツは「神様ニュース速報」を観ながら「このアナウンサーさん、推せる……」などと言っている。  その男性アナウンサーは皺などの雰囲気から察するにおそらく30代から40代程度であろうと思われる。細めの銀縁眼鏡に三白眼で眉毛は少々吊り上がり気味、顔は小さく全体的に細身であろうことが伺える。座っているので身長まではハッキリとはわからないが、スッと伸びた背筋や原稿を読む手やスラッとした腕から察するに、ある程度の身長がありそうだ。まさにナツが最近ハマっている海外ドラマの主人公然とした雰囲気があり、ナツの好みであろうことが見てとれる。「白衣に袴とか男巫コスプレで最高過ぎる」とナツの目はハートの形から一向に戻る気配がない。 『次のニュースです』とチャンネルのアナウンサーが述べる。今までのニュースは「どこそこの神社の屋根が割れた」だの「教会でお祈りする人が過去最高に達した」だの「お供物のお饅頭百個が盗まれた」だの、まさに「神様」にまつわるようなニュースが多かった。そんなニュースをアナウンサーである男性が真顔で真剣に読み、ご丁寧に現場の映像までついている。通常であれば、シュールなお笑いであろうと笑い飛ばせるところだが、あまりにもリアルに作られており、アキもナツもミケも笑うに笑えず、キョトンとしている。 「これ、本当なのかなぁ?」ミケが言う。 「そんな訳ないでしょ」ナツが否定する。 「ミケが信じちゃうのも無理はないけどね」とアキが茶化す。 『いよいよ来週に迫りました。KAMI ROCK FESTIVAL。現地では足場が組まれ、いよいよ本番間近という熱を感じさせてくれます。記念すべき一億回目となる今回、第一回目と同様に日本の神津島上での開催となり、既に神津島はKAMI ROCK FESTIVAL一色と化しています』 「……うちらの島でロックフェスやるんだっけ?」 「そんな話聞いたことないよ、ナッちゃん」 「そうだよね。ミケは聞いたことある?」 「いや、ない」 「だよねぇ」と神楽屋姉妹が声を合わせる。  その声に繋がるかのようにアナウンサーがニュースの終わりに一言を添える。 『チケットはまだ好評発売中とのことですので、お求めいただいていない方はチャンネルのリンクよりご確認ください。今回は一億回の記念ということで、参加者は全員無料という大盤振る舞いになっているとのことです。前回の来場神数は、7,586,391人と前々回同様に過去最多の来場神数を更新していますが、もしかしたら、今回は全神様が集合ということで、過去最高どころか歴史上類い稀に見る開催会なるかもしれませんね』  アナウンサーはそう言うと「では、本日のニュースはここで終了します」と生放送を締め、「高評価。チャンネル登録よろしくお願いします」というテロップが流れ始めた。 「チケット、無料だってさ、アキ」 「チケット、無料だってねぇ、ナッちゃん」  神楽屋姉妹がなんだかソワソワしている。 「あ、特設サイト『KAMI ROCK FESTIVAL』はこちらってリンクがあるよ」  ミケの声に驚いたアキが「あ、ミケ」と言うより早く、ミケが「うわ、ビビった。突然音が鳴ったわ」と腰を抜かす。 「え、まさか、ミケ……アクセスしたの?」とナツが恐れる。 「お前、正気か?」とアキが呆れる。  XRグラス越しに神楽屋姉妹の驚きと侮蔑の表情が見てとれる。  ミケは「うぐっ」とどもりながらも、なんとか「『お前』って言うなし……」と小声で言い返すのがやっとだった。

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