楽園の果実
第七章 峠の一夜(三)

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 言葉通り、クエルクスは太陽がまだ山の後ろへ姿を消す前に戻って来た。ちょうどラピスも荷物の整理と食器の用意などを整え、一区切りついた頃である。日の沈み加減からしてまだ夕餉の刻には早かったが、明朝は早くに出発したい。二人は早速、食事をとって明日に備えることにした。  洞にあった油差しを借りてラピスが切り分けた干し肉と干し芋を炙り、出発前に城で貰った果物と共に簡単な食事を済ますと、二人はこれまた洞の中にあった火打ち石を使い、銅の筒で湯を沸かして一息ついた。 「何だか、散々な日だったわね」  両手で持った椀からラピスは湯気の上る湯を一口飲んだ。茶こそ無かったが、非常食として持ってきた氷砂糖をひとかけ割り入れて飲むと、疲れた身体にほのかな甘味がじんわりと沁み渡る。 「国の使いとしてはやっぱりまずかったわよね」 「ラピスがそんなに気にすることはないでしょう。こちらが何を言おうが、実際に手を出したのは向こうだ」  クエルクスはいつも通りいたって冷静だ。しかしそうは言われても、ラピスにはやはり引っかかる点があった。地図の上をなぞるクエルクスの指先を追いながら、王都での逃亡の場面を頭の中で一つ一つ辿る。退出を止めなかった王。準備の良すぎる追っ手。馬上目がけて真っ直ぐに打たれた弓矢……。  自分が投げた矢の冷たい感触を、ラピスの手のひらが記憶している。貝の矢尻の形をまだ指が覚えている。  胸がざわついた。 「……私がリアを離れたのは、間違いだったかしら」 「そんなことはありません」  ぽろりと出た言葉にクエルクスが即答した。地図に落としていた視線が、今はラピスに向けられている。 「貴女は誰が何と言おうと、城を出て良かったのです」 「初めに出発を決めた時と、言っていることが違わない?」  姫が直々に行くなんて、と渋っていた従者を思い出し、ラピスは苦笑混じりになった。 「今では正解だったと思いますよ。それよりさっさと寝ましょう。明日は下山してトーナへ入るのでしょう。ラピスの体力がもたなきゃ野宿だ」  クエルクスは大真面目にそう言って立ち上がり、洞の隅に丸めてあった毛布を避けて、その下から薄手の布団を引き出した。 「待って」 「はい?」  ラピスの制止に、クエルクスは引きずり出した布団を半分、宙に浮かせたままで振り返る。 「毛布もかけておいたほうがいいと思うわ。今夜は……多分冷え込むから」

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