剣に感じる圧は意外にも重い。歯を食いしばって踏ん張るが、少しでも気を抜いたら身体の均衡が崩れそうだ。 「歳のわりには、やるねえ……宰相」 「お前も料理番にしておくには勿体無いな。軍部に登用しておくべきだったか」 もう何度か打ち合ったあとであるのに、宰相の呼吸は全く乱れていない。それもそのはずである。宰相は無駄な動き一つせず、ほぼ柄を握る右手だけで剣を操り、降りかかる刃を止めていったのだ。とても俊敏な若者相手とは思えない。むしろグラディの方が疲弊してきていた。 「そろそろ手合わせも終わりにしてもらおうか。陛下も、なにも知らぬまま限りある眠りから永久の眠りになる方がよかろう?」 「断るね。俺はあの不器用なあんたの甥がわりと気に入ってるからさ。あれに会えたのは陛下のおかげだしね」 室内の国王は、昨今しばしばあるように簡単な刺激では目覚めない深い眠りにあった。覚醒したとしても、もはや立つのも難しい虚弱な身だ。このまま部屋に踏み込まれては抵抗すらできないだろう。 グラディの額に冷や汗が伝い、手も痺れてきた。体に感じる負荷を誤魔化そうと、無理に笑みを作る。 「それよりあんた、陛下が権力欲に落ちるのが怖いからって陛下を殺るんじゃ、魔法使いを怖がった先王と同じだよ?」 「黙れ!」 途端に凄まじい力でグラディの長剣が払われ、体が支えを失った。さらに上体が傾いでいくところで右肩に打撃をくらい床に倒れ込む。 手をつく直前に宰相が扉を押し開くのが視界に入り、すぐさま体勢を戻そうと身を捻る。だがその時、廊下の角から小さな人影が飛び出した。 「ラピス!」 宰相が一瞬びくりとして踏み出した足を止め、首を後ろへ回しかける。すると振り向きざまにラピスが宰相の脇にぶつかり、左手に持たれた林檎を掠め取った。 「なにをす……」 「おっと」 ラピスへ手を伸ばした宰相の肩を掴み、グラディは首筋に剣の刃を当てる。ラピスは林檎を両手に包み持ってそのまま走り抜け、国王の居室に飛び込んだ。
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