一歩踏み出せば、雪靴の下でくしゃりと音が鳴り、重なった落ち葉が靴底の裏で柔らかに沈む。森に入ってからまだあまり奥まで来ていないのに、もう後ろを向いても白一色の雪原は見えない。足元には色とりどりの枯葉が層となり、頭上では天高く伸びた木々が互いに枝を絡ませ、幻かと疑う鮮やかな色に空間の全てが支配されていた。 どちらを見ても丈の高い樹木が不規則に立ち並ぶばかりで、地面も落ち葉で覆われ、道と呼べるものは皆無である。 クエルクスは四方を見回しながらラピスの後ろにつく。すると不意にラピスの足が止まった。 「クエルクス、あれ、見て」 真っ直ぐに伸びたラピスの指の先には、これといって変わったものはない。何かあるのかと、クエルクスは目を凝らした。 「まさか、あれが……」 「ええ」 ラピスの目に強い確信が宿る。じっと見つめた先、敷き詰められた落ち葉の赤や黄、茶の色の中で、そこだけが周囲とは異なる輝きを放っている。それは宝玉が太陽に照らされたように、微妙に色を変えながら光っていた。 数日前、宿で旅程について改めて確認をしていた時のことだ。ラピスとクエルクスが二人だけで神域に入っていくことに最後まで心配の意を示すヒュートスに対して、クエルクスが持ち出したのは別のことだった。 「パニアの手勢を相手にするのとは違って、神域の中に大人数で入るのが吉と出るか凶と出るかはわかりません。それよりも問題は、どうやって秋の国の中で奇跡の林檎に辿り着けばいいのか、という点です」 木々が生い茂るという秋の国に入っても、一体どこに奇跡の林檎がなる木があるのか地図に書いてあるわけがない。あてもなく歩くだけでは見つかるはずもなく、徒らに時間が過ぎるだけだ。至極当然の問いに、アネモスとヒュートスは顔を見合わせた。 「道導、ということよね」 「そういうものが全く無いことは、無いんだが」 歯切れの悪い返事にクエルクスが首を傾げて説明を要求する。ラピスにも見つめられ、アネモスが言葉を探しながら続けた。 「単なる言い伝えなのだけれどね、こんな話がある。『秋の国の中では地面一面が紅葉で覆われ、道という道がないと言う』」 朗唱調に継がれた言葉を、ヒュートスが受けた。 「『されども奇跡の輝きは、銀に光って帯になる』」 地面の上には無数の粒子が光を放ち、あちらが強く光れば今度はこちらが、というように瞬きの間にその様相を変える。しかしそれらは明らかに一定の太さを持った帯を形作り、木々の幹の間を奥へと続いていた。 「クエル、行きましょう」 ラピスはクエルクスの手を取り、地面を蹴る。小走りに光の筋へ辿り着き、その先端を踏んだ。 「えっ」 「そんな」 勢いよく三、四歩進んだ二人だが、目にしたものに思わず立ち止まり、顔を見合わせた。互いの顔に驚愕を認め、頷き合い、改めて後ろを振り返る。 二人が踏んだはずの光の筋が、そこにはもう無いのだ。たった今まで目を奪うほど美しく輝いていたのにも拘らず、自分たちの辿ったところはもう、重なり合った落ち葉が雪靴に踏まれて沈んだ跡がついているだけである。 前方に視線を戻せば、奥へは依然として光の筋が伸びている。もう一歩、右足を出すと、踏んだ地面は瞬く間に光を失った。 「ラピス」 ラピスはきゅっと唇を引き結び、クエルクスを握る手の力を強めた。 「行きましょう」 瑠璃の瞳の中に恐れは見えない。 クエルクスは、手のひらの中にある華奢な手を握り返した。温もりに励まされ、ラピスはアネモスの言葉を思い出しながら、靴底の裏で落ち葉が立てる音を確かめつつ、一歩先の地面を踏みしめる。 ——御伽噺や神話の類で言われているだけなのだけれどね、これしか手がかりはない。続きはこうだよ。 一つ一つの言葉が消えないよう、発した音の中に単語を包み込もうとでもするかのように、アネモスは一語一語をはっきりと口にする。 ——『瞬く粒は刹那の光。触れるも叶わぬ聖なるしるし』 ——『されど辿れよその道を』 ——『地上に降りた星屑を』 瞬間的に生まれた厳粛な空気の中で、高いアネモスの声とやや低いヒュートスの声が抑揚までぴたりと合い、調和し、和音を成して部屋に満ちていく。 ——『臆することなく向かうが良い』 地面を踏む靴が、先ほどよりもずっと深く枯葉の中に沈む。 ——『後ろを向くは弱き者』 先も分からぬほど視界を埋めて枝葉が生い茂る林の中、前方の木々が強い光に照らされ、影を作っている。 ——『強く求め、欲するなら』 ラピスの足が、次第に早くなった。落ち葉を蹴る足先に力を込め、幹と幹の間、光の中に飛び込んだ。 ——『女神の林檎はそこにある』
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