2年の歳月が過ぎた。 長い様で短い様で。 僕はまだCTHPに勤めていた。 本職も変わらず、CTHPに通う日数も変わらず、たまの息抜きに喫茶店へ行き、雫間さんと話をする。変わらぬ日々が続いていた。 最愛の人にあんなことを言っておきながら、僕は自分の可能性を信じられず、結局CTHPの為の作品を作り続けている。 瓦来さんの言った通り、毎日家に帰ってゴミを、ガラクタを作り続けるという事は、自分の精神衛生を保てなくなることが分かった。 もはや為体とさえ思えず、現状をダメだダメだと思って、打破したがっていた過去の自分が、今では誇らしい。 あれから彼女が言う通り、彼女は忙しくなり、全く会わなくなっていた。 2年も会わずに音信不通。 それはそうだろう。 あんな一方的な別れ方をされたのだから。僕が彼女の立場なら僕を嫌う。 でもそれでいい。 あの時僕がしたことに後悔はない。 これからは子頼さんが居ない人生をただ耐え抜ければいい。長い長いエンドロールは、彼女に別れの言葉を放ったあの日から始まっていたのだ。 監督多楽多守一の文字が出るまで、あと何十年掛かるのだろうか。 今日はとことん寒い日だなと思っていたら、灰色の空から雪が舞い降りてきた。 コンビニでおでんでも買って帰ろう。 駅へ向かうアーケードの中、電機屋のテレビにどこかで見た様な文字と、人が映っていた。 「直義賞受賞おめでとうございます。吾忍辺さん」 そこに映っていたのは、子頼さんだった。 ああ、子頼さんが居る。向こう側に。 どこかぎこちない笑みで会釈をする子頼さんは、僕の知らない顔をしていた。 ああ、そうか。 向こう側に行った人は、皆、僕の知らない顔で笑うのだった。それで、努力をすればとか今はじめても遅くはないとか言うのだった。でも彼女を向こう側に行かせたのは誰だ。 僕だ。 夢を叶えた彼女。 僕の知らない笑顔。 僕が欲しかったのはこれか? 雪がまつ毛に降り積もり、溶けては流れる。 インタビュアーが彼女にマイクを突き付け、作品についてのコメントを求める。 「この作品は、ある友人に言われて応募して、受賞した作品なんです。ですから、この子は二人の子だと思っています」 「作品を子供に例えているんですね」 「はい。この表現も、友人からいただきました。この作品の主人公は最初プロットを立てた段階では死ぬ予定でした。でも友人と出会ったおかげで結末は変わりました。それまでは悲劇的な主人公しか書けなかった私が、主人公に幸せになって欲しいと思ったんです。作者のエゴかも知れませんが。どうか生き抜いて欲しいと思いました。だから、今回このような身に余る賞を受賞できたのだと思っています」 「なるほど。最後に一言頂いてよろしいですか?」 「守一さん。私はこちら側で待っています。初めまして」 視界に映るのはテレビだけなのに、なぜだか視界が一気に開けたような感覚があった。 夜の帳が落とされた空はとても明るく、雪に凍えるこの身はとても暖かい。 僕はこれから家に帰っておでんを食べる。 食べ終わったら小説を書こう。 CTHPの為のものではない。 僕の為のものを。 ガラクタになったっていい。 そうやってガラクタをドンドン書き溜めて、積んで、積んで、積んでいく。 そうして遥か彼方上空の城の中に住まう姫に会いに行く。 積み上げてグラグラと傾くガラクタの上で更にガラクタを積み上げても、城に入ることはできない。彼女と出会うことはできない。君は僕のいけない場所にいったのだから。 でも、いつか彼女は気付くのだ。 最近いつもと景色が違う気がする。 なんだろうあの異様に高い建物は。 そしてその頂上で僕は君に手を振る。 君は僕に気付くと窓越しにふふふっと微笑む。 テレビの向こうと同じ。 白詰草の笑顔で。
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